別所温泉北向観音
別所温泉北向観音
新しい年、2018年。初詣に別所温泉の北向き観音に行ってきました。以前お参りした時は、別所温泉駅のあたりからずっと人が並んでいたのですが、今回は、北向き観音の手前で少し並んだだけで、お参りすることができました。ちょっと寂しい気もしますが…今年一年、良い年にしたいものです。
新しい年を迎えるたびに、世の中が変わるスピードが速くなっているように感じます。ネットやスマホはもはや当たり前ですし、AI(人工知能)の進歩は、IT(情報技術)や自動車などと結びついて、急速に人と技術の距離を縮めています。AIとはいっても、まだまだ「AIもどき」が多いのも事実なのですが、人間の得意技である「学習する能力」を身に付けて、活用の場をさらに広げていくことでしょう。人とAIの距離が縮まるにつれて、様々な議論が巻き起こりました。どんな仕事がAIにとって代わられるのかなど、気の早い議論も週刊誌を賑わしました。AIの進歩は、改めて「人間とは」という問いかけを発しているようです。
年末に、海洋冒険家白石康次郎さんの講演を聞く機会がありました。白石康次郎さんといえば、世界一過酷な世界一周ヨットレース「ヴァンデ・グローブ」に、アジア人として初めて出場したことでも有名です。今回は、残念ながらレース途中でメインマストが折れてしまい、途中棄権となりましたが、4年後の再出場を目指しているとのことでした。講演会のテーマは「決して折れない心」。白石さんがヨットマンとして、どのように夢を実現したのか、その生き方について話されました。幾度もの失敗や挫折を乗り越え、何度も涙を流してきた白石さん。そんな逆境から逃げずに闘ったことで、今の白石さんがあるのでしょう。本当にいい顔をされていました。
白石さんが大学生と一緒に作った「マイナスをプラスに変える行動哲学」という本があります。現役の大学生と白石さんが、5人のトップアスリートとのインタビューを通じて、その行動を支える哲学に迫るというものです。トップアスリートといえば、天賦の才能を与えられた一握りのエリートと考えがちですが、彼らも生身の人間。怪我もすれば悩みもします。そんな逆境のなかで彼らを支え、逆境を克服できた思いや哲学、そんなトップアスリートの生の声には、私たちにも気づかされることがたくさんあります。
また、大学生の持つ漠然とした不安や本音なども、この本から伝わってきます。何でも手に入る様で、実は本当にやりたい事や目指すものが見つけにくい今の世の中。失敗を恐れずにチャレンジしよう、ときれい事を言われても、いざ失敗すれば、打って変わって厳しい叱責。これでは、失敗を恐れて、チャレンジすることに二の足を踏む若者が増えるばかりです。白石さんは、そんな失敗に寛容でない社会を作ったのは今の大人達、とかなり手厳しい。
終身雇用が崩れて久しい今日、先日の新聞報道によれば、「自己啓発」市場は9,000億円に拡大し、平成元年に比較して3倍に伸びているそうです。大企業の経営破綻やリストラなど、将来の不安がそんな動きを後押ししているのでしょう。もはや、自分の成長は自分で責任を持つ時代なのかもしれません。
人は誰でもはじめから完全ではありません。失敗や苦難を経験して、それらを乗り越えることで成長していくのです。社会に出たばかりの若者たちには失敗する権利があるのです。若者たちにチャレンジすることをためらわせてはいけません。「失敗を人のせいにしない」、「自分に配られたカードで勝負するしかない」という白石さんの言葉は、人間だけに許された、「折れない心」を育てる上で欠かせない大切なことを示していると思うのです。
「もし、過ちを犯す自由がないのならば、自由を持つ価値はない。」
-マハトマ・ガンジー-
以下の文献を参考にさせていただきました。
「マイナスをプラスに変える行動哲学」 白石康次郎著 (生産性出版) 2013
北斎館
岩松院
先日、小布施を訪れる機会がありました。小布施というと栗で有名ですが、また、葛飾北斎の町としても有名です。平日にも関わらず、多くの観光客でにぎわっていました。「北斎館」で「北斎漫画」や祭屋台の天井絵などを見てから、岩松院の天井絵「八方睨み鳳凰図」を鑑賞しました。するどい目力に、心の中まで覗かれているうな、そんな気分になりました。いずれも、ぜひ一度見たいと思っていましたので、時間を忘れて見入ってしまいました。
言うまでもなく、葛飾北斎は、「富嶽三十六景」などで有名な江戸時代の浮世絵師です。また、ゴッホをはじめ、世界の多くの画家や音楽家に影響を与えたと言われています。
北斎が「北斎漫画」を描いたのが50歳代、「富嶽三十六景」は60歳代から70歳代の作品です。いずれの作品も、まったく年齢を感じさせません。「北斎漫画」には約4,000点もの様々な風物や人物などが描かれていますが、これらは時にコミカルであり、現代のイラストやポップアートにも通じるものがあります。
葛飾北斎が小布施を訪れたのは計4回、いずれも80歳を超えてからと言われています。岩松院の「八方睨み鳳凰図」は4回目に訪れた時、北斎88歳から89歳にかけての作品だそうです。江戸から小布施まではざっと260Km。老人にとっては、厳しい旅であったに違いありません。晩年、自らを「画狂老人(がきょうろうじん)」と呼び、生涯、絵画に対する熱い思いを抱き続けた北斎。そんな思いが小布施までの長旅を支えたのでしょう。
葛飾北斎の人生に思いを馳せると、人の持つ可能性について考えさせられます。人が成長する力には、年齢は関係ないのかもしれません。何かを目指したり、何ものかになりたいという強い思いを持ち続けていれば、いくつになっても成長することができるのでしょう。人は、年を重ねると、できないことをとかく年齢のせいにしがちです。もちろん、体力など、若い人にはかなう訳がありませんし、年齢とともにできないことが増えてくるのも事実です。でも、年齢を重ねているからこそできること、若者にはとても真似のできないことがあるのも事実です。
北斎は、90歳で人生の幕を閉じますが、死に臨んで、こんな言葉を残しています。
「天があと5年の間、命保つことを私に許されたなら、必ずやまさに本物といえる画工になり得たであろう」
最期まで、さらに上を、本物を目指していたのです。
北斎の様にはなれないにしても、いくつになっても成長する心を失わずにいたいものです。
小布施の街並み
あじさい小道
塩田城址
信州上田では、アジサイが見頃です。前山寺から塩田城祉を経て塩野神社へと続く「あじさい小道」では、約3万株のガクアジサイが咲き誇っています。塩田城は、鎌倉時代の塩田北条氏に始まり、戦国時代には、上田原の戦いで武田信玄を苦しめた村上義清の居城ともなりました。素朴な風情に癒される、そんな小道です。
長い社会人生活や人生を送る中で、上司や同僚、そして家族から、自分の足りないところを気づかされることがあります。なかには、厳しい指摘もあるでしょうし、やんわりとした言葉の中に、思いが詰まっていることもあったりもします。皆さんは、そうした時にどのように反応していますか?
人から自分の足りない所を指摘されて、気持ちの良い人はいないでしょう。自信を無くして落ち込んでしまうこともあるでしょうし、「そんなことはない」と否定したり、さらには相手との人間関係が悪くなってしまうこともあるかもしれません。自分を否定されたと思って、自分を取り繕い、守ろうとしてしまうのです。相手にはそんな気持ちは無くて、良かれと思って言ってくれたのかもしれないのです。
一方で、指摘されたことを生かして、自分を高めていける人もいます。自分の足りない所を補い、一歩ずつ成長しているのです。小さな一歩でも、積み重ねて行けば、長い間には大きな違いを生むことになるのかもしれません。
このような違いはどこからくるのでしょうか。よく言われることですが、自分の足りないところに気づくことは、自分の伸びしろを知ることでもあるのです。頭では分かっていても、実際に耳の痛い話をされると、素直には受け入れられないものです。でも、そんな話こそ、「自分づくり」のための大切なメッセージや自分を変えるヒントが隠れているのかもしれません。ですから、耳の痛い話にも心のシャッターを下ろさないで、素直に耳を傾けて、相手の真意を理解しようとすることが大切なのです。
自分を変えたいと思っても、今の自分は長い年月をかけて培われてきたものですから、そう簡単には変えられないかもしれません。でも、あなたが自分の本当の姿に気づき、心から変わりたい、こうなりたい、と思うことができれば、きっと変われるのではないでしょうか。また、「なりたい自分」について、具体的な目標を持つことも大切なことです。最初からあまり欲張らないで、まずは手の届きそうな目標を立ててみることが良いかもしれません。そして、その目標に向かって一歩を踏み出してみるのです。そして、その一歩を習慣になるまでやり続けることです。例えどんなに小さなことでも、自分の努力で自分を変えることができれば、それは一生の宝物になることでしょう。人生は、「自分づくり」の旅なのです。生涯をかけて、一歩ずつ自分にあったペースで自分を磨いていけば、いつかは「なりたい自分」を手に入れることができるのです。
浅間山(小諸からの眺め)
真田幸村像(上田駅前)
新しい年、2016年。皆様にとって実り多い一年でありますことを、お祈り申し上げます。
いよいよ大河ドラマ「真田丸」が始まります。信州上田も「真田丸」一色です。地方の一豪族であった真田親子が、激動する戦国時代をどのように生き抜いたのか、この一年、楽しみに見たいと思っています。
新年を迎えて、今年の目標を立てた方も多いことと思います。一年の初めに目標を立てることは素晴らしいことです。もちろん、目標を立てたからといって、ものごとが目標どおりにいくわけではありません。目標の実現に向けて努力すること、知恵を出すことが大切なのはいうまでもないでしょう。目標を達成するまでのプロセスが大切なのです。そして、目標に向かって頑張った経験は間違いなくあなたにとっての宝物なのです。もし仮に目標が達成できなかったとしても、頑張った経験はあなたの宝物であることに変わりはありません。頑張ったからこそ、くやしいと思う気持ちも生まれてくるのです。頑張った経験やくやしさは、いつかきっと皆さんを励まし、助けてくれるはずです。
もしあなたが何をやってもうまく行かず、こんなはずじゃなかった、と思いながら日々を過ごしているのなら、思い切ってこの一年を「下積みの一年」と考えてみたらどうでしょう。この一年を「下積みの一年」、「自分を見つめ直す一年」と決めるのです。今の時代、「下積み」という言葉はあまり聞かれなくなりましたが、そんなこともあってか、自分を見つめ直す機会が減っているのかもしれません。人の一生には良い時もあれば、そうでない時もあるものです。あきらめの中で今のままの生活を続けていくのではなく、もう一度自分にチャンスを与えてみたらどうでしょう。前に進むことだけが目標ではありません。一度立ち止まってじっくり自分と向き合ってみる、そんな時間も人生には必要なのかもしれません。
誰でも、自分のことはよく分かっているようで、実はあまり分かっていないものです。自分と向き合うことは、時としてかなり勇気のいることですが、素直にありのままの自分を知ろうとすることで、今まで知らなかった自分に出会えるかもしれません。その上で自分はどうなりたいのか、どう変わりたいのか、目標を立ててみたらどうでしょう。自分が変われば、まわりの景色も今までとは違って見えてくるでしょうし、そのことが、さらに新しい一歩を踏み出すきっかけになるのかもしれません。
私は、目標を達成することはもちろん大切ですが、それ以上に目標を達成できる自分になること、自分を変えることの方が、長い人生において大きな意味を持っていると思っています。たとえどんなに小さな変化でも、自分が変わったと思えることは、あなたに本当の自信を与え、心を強くしてくれると思うのです。
私も60才を過ぎて、あんなに長いと思っていた人生が、思っていたほど長くはないことを実感しています。この一年、一日一日を大切に、新しい自分との出会いの旅を続けていきたいと思っています。
百八手(千駄焚)の再現
百八手(千駄焚)の再現
上田駅から上田電鉄別所線に乗って別所温泉に向かう途中に、塩田平が広がっています。塩田平は雨が少なく、全国でも有数のため池地帯です。先日、ため池の文化や塩田平の歴史に親しむ「塩田平ため池フェスティバル」が開催されました。イベントの目玉として、塩田平に伝わる雨乞い行事「百八手(千駄焚)」が再現されました。会場の甲田池のまわりを200本を超えるたいまつが囲み、仏式による祈祷の後、一斉に火が点けられました。たいまつが勢いよく燃え上がり、幻想的で貴重なひと時を過ごすことができました。
前回は、ホンダ生みの親、本田宗一郎さんの教えについてお話ししました。本田さんは数多くの偉業を成し遂げましたが、そうした偉業のひとつひとつは、数えきれない程の失敗に支えられているのです。本田さんの人生は、失敗から学び続けることの大切さを教えてくれます。
私たちは、頭では失敗の大切さや失敗から学ぶことを分かっていても、実際に失敗に直面すると、つい失敗を他人のせいにしたり、失敗を認めたがらなかったりするものです。また、失敗を避けようとして、新しいことに取り組むことをためらってしまうこともあります。どんなに小さなことでも、初めてやることはうまくいかないものです。もちろん、誰だって失敗はしたくありませんが、失敗を恐れていては、何ごとも始められないのです。
失敗すると、まわりから何を言われるか分かったものではありません。まわりの目を気にするあまり、失敗の大切さや失敗から学ぶことを忘れてしまい、はじめの一歩を踏み出す勇気が持てないのかもしれません。また、失敗さえしなければ、いつかは成功できると思っている人は多いのではないでしょうか。実はそうではないのです。失敗を恐れて何もしなければ、成功を手に入れることはできません。本田さんの様に、失敗を繰り返して、失敗することで明らかになった課題をひとつひとつクリアすることで、成功にたどり着くことができるのです。失敗を厭わないこと、失敗から学んだ経験を次に生かすことが、真に成功を望む態度であると思うのです。
今日の社会は、失敗や挫折に対する寛容さを失いつつあるように思います。世の中が成熟してきたと言えばそうなのでしょうが、一方で失敗を許す寛容さや余裕が無くなってきているのも事実なのではないでしょうか。確かに、社会が複雑になり、失敗が許されないことも増えています。私が携わっていたシステム開発なども、失敗が許されない世界です。コンピュータのプログラムに間違いがあると、システムが誤作動を起こしてしまい、今やその影響は計り知れません。そのために、何重にもチェックやテストを繰り返すのですが、そんな世界でも、人の失敗を責めることは逆効果にしかなりません。人は間違え、失敗するものです。誤りを責めれば責めるほど、隠そうとするものですし、完璧さを求めれば、どこかに無理が生じてきます。
私は、人が失敗を避け、社会が失敗に対する寛容さを失うことによって、失敗に対する感度が鈍くなり、失敗から学ぶ力が弱くなってしまうことを危惧しています。失敗が許されなくなると、ますます失敗を避け、失敗から学ぶことをやめてしまうのです。その結果、小さな失敗で済む場合でも、大きな失敗を引き起こしてしまいかねません。また、失敗を認めたがらない風土は、様々な改善や大きな失敗の予兆に気づく機会を逸してしまい、その結果、組織や社会の危機を招きかねません。
もちろん、私は失敗することを勧めている訳ではありませんし、失敗しないことに越したことはありません。要は、失敗したあとが肝心なのです。失敗はマイナスの面だけではありません。失敗から学べることはたくさんありますし、失敗してはじめて分かること、見えてくることもあるのです。人や組織は、失敗や挫折から学ぶことで成長するものです。「失敗は成功の母」という言葉もあります。「大きな成功は小さな失敗の集まり」でもあるのです。
上田祇園祭り
信州上田大花火大会
先日、信州上田の夏を彩る、上田祇園祭りや大花火大会が盛大に行われました。信州上田もいよいよ夏本番です。
私が尊敬する経営者に、ホンダの創業者、本田宗一郎さんがいます。もっとも、本田さんは経営者というより、「おやじさん」と呼ばれ、生涯、技術屋として油にまみれていた、そんなイメージが強い方です。
本田さんが本田技術研究所(現在の本田技研工業)を立ち上げたのが1946年(昭和21年)、終戦の翌年です。戦争が終わって、日本もガラリと変わってしまい、誰もが食べるのに精いっぱいだった、そんな時代です。戦争中は、東海精機という会社で軍用機のエンジンやピストンリングなどを作っていましたが、東海精機にはトヨタも出資していましたから、終戦後には、「トヨタの下請けをやらないか」という誘いもあったそうです。そんな時代ですから、とてもありがたい話だったのでしょうが、その誘いを断って、あくまでも自分の意思でものごとを進めることにこだわったのです。結局、東海精機を手放して、本田技術研究所を立ち上げるのです。ちょうど軍がストックしていた通信機用のエンジンを、自転車に付けられるように改造して売り出したところ、それが大当たり。これがいわゆる「バタバタ」で、当時の闇屋の足として、たいへん重宝がられたそうです。
本田さんといえばレース好きで有名ですが、ホンダを一躍世界的に有名にしたのが、オートバイのマン島レースです。もっとも、このレースに出場することを宣言した後、実際にマン島レースを見た時には、外国製オートバイの技術の高さに度肝を抜かれ、「とんでもない宣言をしたものだ」と後悔したのだそうです。当時の日本のオートバイは、とても世界に通用するレベルではなかったのです。けれども、そこでへこたれずに、果敢にチャレンジするのが本田さんです。
マン島のレースに勝つためには、今までのエンジンの数倍の馬力を出す必要がありました。そこで、本田さんは、エンジンの回転数を上げることを目指したのです。しかも、その目標が半端じゃない。それまでのエンジンの回転数は、3000~4000回転。それを一挙に8000~10000回転まで引上げようというのです。もちろん、周りの技術者は大反対。「できる訳がない」の一点張りです。それでも、みんなで必死に頑張って、この難題をクリアしてしまいます。目標が高ければ高いほど、問題もたくさん出るものです。エンジンの回転数を上げると、ピストンリングやバルブなどの部品が悲鳴をあげ、次々に故障してしまいます。そんな問題をひとつひとつ乗り越えながら、世界と互角に戦えるオートバイを作りだしたのです。ホンダはマン島レースで優勝し、本田さんも「世界のオートバイ王」と呼ばれるようになります。
こうした本田さん達の努力が、自動車の開発、そしてマスキー法を世界で初めてクリアしたCVCCエンジンの実現につながっていくのです。マスキー法は、1970年にアメリカ議会で成立するのですが、1975年までに自動車の排気ガス中の有害成分を十分の一に減らそうというもので、ほとんどの自動車会社も、「実現は難しい」と考えていました。そんな中で、ホンダはCVCCエンジンによって、その基準をクリアするのです。本田さんの夢は、ガソリンを完全に燃焼させ、公害物質を出さない、燃費の良い完璧なエンジンを作ることでした。本田さんがマン島レースで実現した高回転エンジンは、そんな本田さんが目指すエンジンへの一歩を踏み出したものなのです。そして、その歩みが、CVCCエンジンを生み出すのです。
いつも大きな夢を追い求めた本田さん。好奇心が人一倍強く、何事にも「見たり、聞いたり、試したり」を徹底して、経験から学んでいった本田さん。失敗を厭わず、失敗の大切さ、失敗と成功は表裏一体であることを知っていた本田さん。「こわいのは失敗することではなく、失敗を恐れて何もしないことだ。」という有名な言葉も、そうしたご自身の体験から出てきたのでしょう。
そんな本田さんでも、いや、そんな本田さんだからこそ、何度も挫けそうになったことでしょう。そんな時に、本田さんを支えたのが、何ものにも頼らない自立心や「へこたれない心」だったのです。終戦後の焼野原で、トヨタの下請けになることを断ったのも、「大樹の下で安楽にやることを徹底的に嫌っていた」(参考文献まま)という本田さんの自立への思いから発しているのです。また、マン島レースの時のように、周囲から「できっこない」と言われると、「それならやってみようじゃないか」と、かえって火がついてしまう。そんな「へそ曲がり」なところも、不可能を可能に変える原動力だったのかもしれません。あきらめることは、いつでもできます。あきらめずにもう一歩踏ん張ってみる、そんな「へこたれない心」も、こうした様々な体験を通して養われていったのかもしれません。
「もっと良くなるはずだ」、「もう一工夫してみよう」という前向きな思いや困難な課題に立ち向かうことよりも、良く見せようとその場を取り繕い、失敗を避けて通ることが横行する昨今。本田さんのひたむきで一本筋の通った教えに、今一度耳を傾ける必要があるのではないでしょうか。
久々にF1に復活したマクラーレン・ホンダ。活躍が楽しみです。
以下の文献を参考にさせていただきました。
「わが友 本田宗一郎」 井深 大 著 (ゴマブックス株式会社) 2015 (1991年刊行の復刊)
さなだどりーむ号
別所温泉駅のさなだどりーむ号
上田電鉄別所線に新しい仲間が増えました。真田幸村の赤備え鎧をイメージした2両編成の電車「さなだどりーむ号」です。この愛称は、島根県の高校生からの応募によるものです。塩田平を走る「さなだドリーム号」、力強さが感じられます。
前回のコラムでは、ヒューマンスキルの「考える力」と5つのスキルついてお話ししました。繰り返しになりますが、5つのスキルとは、「成長力」、「コミュニケーション力」、「計画力」、「問題解決力」そして「育成力」です。ヒューマンスキルは人間力とも呼ばれ、コミュニケーション力や向上心、積極性やリーダーシップなどのことを言います。最近では、困難な課題に立ち向かうチャレンジ力や変化への対応力なども人間力として注目されています。これらはその人の人となりによるところが多く、生まれつき備わっているものと思われがちです。もちろん、生まれつき人間力が優れている人もいるのでしょうが、と同時に、経験や努力によって伸ばすことができるものでもあるのです。
5つのスキルのうち、ヒューマンスキルに直接関係がありそうなのは、「コミュニケーション力」、「成長力」、そして「育成力」でしょうか。残るのは、「計画力」と「問題解決力」の2つですが、前回のコラムでもお話ししましたように、どちらも一般的にはコンセプチュアルスキル(私は、ビジネススキルと呼んでいます。)に位置付けられるものです。なぜ、それらをヒューマンスキルとしているのかと言いますと、以下の3つの理由が挙げられます。
第一の理由は、私たちが生きている現代社会やビジネスの世界は、変化が激しく、日々複雑化していることです。そのために、ものごとを計画的に進めたり、様々な課題や問題を解決するためには、小手先のテクニックやノウハウでは歯が立ちません。自分の頭で考え抜くことや、その考えにもとづいて判断し行動することが必要なのです。また、いくら専門的なスキルを身に付けていても、それだけでは複雑に絡み合った問題を解決することは難しいものです。コミュニケーション力や、信頼感などの人間力が求められる問題も増えているように思います。また、計画力や問題解決力の基本が身に付いていなければ、自信も生まれず、困難な課題にチャレンジしたり、激しい変化に対応することもできません。
二番目の理由としては、ヒューマンスキル自体が漠然としていることが挙げられます。そのため、ヒューマンスキルを伸ばすには何をすれば良いのか、よく分からないのが現状ではないでしょうか。どんなスキルも努力することなしに手に入れることはできませんが、どんな努力をすれば良いのか分からなければ、努力のしようもありません。そこで、計画力と問題解決力を含めた5つのスキルを明示することによって、ヒューマンスキルが手の届くものになると思うのです。
三番目の理由ですが、私たちの計画力や問題解決力を弱めているものは、実は、私たちの心の中に潜んでいる、ということが挙げられます。「問題は解決したいが、できれば自分からは動きたくない。」「自分がやらなくても、きっと誰かが解決してくれるはず。」「計画どおりにものごとが運ぶわけがない。」等々、頭では分かっていても、体が動かないことも良くあることです。そのために、問題解決の機会を逃してしまい、せっかくの努力が成果につながらないことにもなりかねません。ですから、ヒューマンスキルと計画力、問題解決力とは、切っても切れないものなのです。
人は環境の動物と言われています。与えられた環境において、さまざまな経験を通して学習し、成長していくものです。「一期一会」という言葉がありますが、日々の出会いや体験はたった一度だけのものです。そうした身の回りの出来事に全力で取り組み、その経験を振り返ることが、生きた学習であり、学びなのです。こうした学びを日々積み重ねることで、今日の経験や失敗を明日の成功につなげ、自分には無理に思える能力やスキルを身に付けることができるのです。身の回りの出来事に、ただ身を委ねているだけでは学びは起こりません。そのことが、同じ経験をしても、伸びる人と伸びない人の差を生むのです。また、どんなに良い事でも、人から言われてやることには身が入りませんし、身にはつき難いものです。自発的にものごとに取り組むことも、ヒューマンスキルを伸ばす上で大切なことなのです。
5つのスキルは、お互いに関係しています。思考力が、5つのスキルを強めることはもちろんですが、5つのスキルは、お互いに補い合うものです。ヒューマンスキルを開発する際には、5つのスキルのうち、皆さんにとって、最も必要なものから取り組まれたら良いでしょう。必要性(ニーズ)こそが成長をもたらすのです。あきらめず、頑張りすぎず、自分にあったペースで一歩一歩積み重ねていけば、いつか大きな収穫が得られるのです。誰から言われたのでもない、自分のための学びのプロセスを創り出すことが、皆さんのヒューマンスキルを育てていくことにつながるのです。無理をせずに、少しずつ皆さんにあったペースでトライしてみましょう。
ヒューマンスキル研究所のセミナーも、そうしたきっかけづくりの場として活用していただけたらと思っています。無料のセミナーもありますので、一度参加されてみては如何でしょうか。
信州国際音楽村のすいせん
信州国際音楽村
信州上田では、今、桜が満開です。急に冬の寒さが戻ったりもしましたが、信州国際音楽村では、満開のスイセンと桜のコラボレーションを楽しむことができました。
前回のコラムでは、知恵を生み出すためには、人の要素や人間的側面が重要な役割を担っていることをお話ししました。これらは、ヒューマンスキルとして、ロバート・カッツのスキルモデルにも位置づけられているものですが、そのイメージはもうひとつはっきりしていないようです。ヒューマンスキルが大切なことは分かっていても、それは持って生まれたものなのか、努力によって伸ばすことができるのか、伸ばせるとしたら、どうしたら伸ばすことができるのか、分かっているようで分かっていないのが本当のところではないでしょうか。そこで、今回のコラムでは、前回に続いてヒューマンスキルについてお話ししてみたいと思います。
私は、ヒューマンスキルは伸ばすことができるもので、誰でもそのタネを持っていると思っています。そのタネを上手に育てて、大きな実を実らせている人もたくさんいるのですが、その一方で、せっかく持っているタネをうまく育てられない人や、タネを持っていることに気づいていない人がいることもまた事実なのです。
では、どうしたらヒューマンスキルを伸ばし、知恵を生み出すことができるようになるのでしょうか。知恵を出すためには、考える力、思考プロセスを鍛えることが大切であると、以前お話ししました。私は、ヒューマンスキルの中心に思考力、考える力があると思っています。考えることは、その人の人間的な側面と深く関わっているものですし、ものごとを深く考えるためには、感情などの様々な影響をコントロールする必要があります。そうしたことから、思考力や考える力をヒューマンスキルの大切な要素として位置付けています。そして、思考力のまわりに5つのスキルを定義しています。これらのスキルもまた、人間的な要素と深く関わっており、いずれもビジネスパーソンにとって欠くことのできないものです。いくら考える力や思考プロセスを鍛えることが大切だと分かっていても、何を考えたらよいのか、どこで知恵を出したらよいのかが分からなければ、前に進むことはできません。これらの5つのスキルを開発することによって、知恵を出すためには何を考えたら良いのか、知恵の出しどころが分かり、考える力が触発されるのです。
私が挙げる5つのスキルを以下に示します。
成長力・・・成功や失敗した経験からものごとを学ぶとともに、自分に足りていないものを知り、必要な知識やスキルを身に付ける力。自己成長のためのエンジン。
コミュニケーション力・・・相手の考えや思いを傾聴し、理解する力。自分の考えや思いを相手に分かり易く伝え、表現し、相手の理解を促す力。
計画力・・・ものごとを計画的に進める力。目指すべき目標を定め、関係するメンバーと共に、その実現を目指す力。想定外の事象が発生した場合にも、柔軟に対応する。
問題解決力・・・問題自体を正しく把握し、その原因を見極めて問題解決を図る力。また、問題の解決に欠かすことのできない、関係者の合意形成を促進する力。
育成力・・・自分が与えている影響力に気づき、コントロールすることによって、他者の成長を促進する力。個人や組織の学習効果を最大化する力。
これらの5つのスキルを高めるためには、最低限の知識が必要になります。いわば、実践のための知識とでも言えるものです。そうした知識は、言われてみれば当たり前ということが多く、決して難しいものではありません。どちらかと言うと、私たちが日頃思っていることに近いものです。大切なのは、そうした、言われてみれば当たり前のことを実際に行うことができるかどうかなのです。また、これらのスキルはお互いに関連を持ち、それぞれがお互いを強め合うものです。ですから、いずれかのスキルを磨いていけば、他のスキルを獲得することも容易になるのです。職業や立場によって必要とされるスキルも違ってきますから、まずは自分が得意なものや必要なものから身に付けていけば良いと思います。
一見すると、コンセプチュアルなスキルと考えられている問題解決力や計画力をヒューマンスキルの範疇に置くことに違和感を持つ方もいらっしゃるかもしれません。ですが、問題解決やものごとを計画的に進めることを難しくしている要因の多くが、実は人間的なものであることを考えると、これらをヒューマンスキルの範疇に置くことも一理あるのではないでしょうか。考えるというと、頭で考えるものと思いがちですが、一方で、心で思うこと、思索することもあるのです。ヒューマンスキルは、そうした心の営みを、頭で考えることにつなげるためのスキルといえるのかもしれません。スキル開発が知識やテクニックに走り、ややもすると、人の心を動かせない「スキル倒れ」に陥ってしまうことを考えると、やはりスキルはヒューマンな世界に根ざす必要があると思うのです。
上田駅前イルミネーション
上田駅前イルミネーション
この3月14日に、北陸新幹線の長野、金沢間が開業しました。関東と北陸が短時間で結ばれ、信州から北陸にも一時間ほどで行くことができるようになりました。これを機会に、多くの皆様が信州や上田の魅力に触れることを期待したいと思います。
前回は、知識を獲得することと、知恵(智恵)を生み出す力を身につけることは別のこと、とお話ししました。一般に、知識を得れば、知恵を生み出す力も自ずと身に付いてくると思われがちですが、そうではないのです。そうした誤解が強いために、私たちの身の回りで発生する様々な問題がなかなか解決されない一因になっているのかもしれません。では、知恵や工夫を生み出す力を身に付け、問題の解決策を見出すためには、どうしたら良いのでしょうか。私は、知恵や工夫の源泉は、皆さんのヒューマンスキルの中に存在すると考えています。
問題解決ついて言えば、世の中には数多くの問題解決手法がありますから、それらを駆使すればたくさんの問題が容易に解決できそうなものです。ところが、現実はそうではありません。それらの手法は特定の分野にしか適用できなかったり、そのままでは現実の問題に当てはめることが難しかったりするものです。また、問題解決に取り組む際に、その前段階のところで躓いてしまうことも多いものです。問題が起きていても、その発生に気づかない。問題に気づいても、あいまいな情報や思い込みのために、解決すべき問題を取り違えてしまう。また、問題の一部だけを見て問題の原因を見誤ってしまい、もぐらたたき的な問題解決に終始することも良くあります。冷静な時ならまだしも、問題が発生すると、誰でも焦ってますます悪循環に陥ってしまうものです。そんなことが重なってくると、つい問題解決から逃げ腰になったり、諦めが先に立つようになってしまいます。この様に、実際の問題解決においては、ものの見方や考え方、問題解決に取り組む姿勢など、人的要素が問題の解決や知恵を出すことに大きな影響を与えているのです。また、問題解決において重要な合意形成のプロセスも、たいへん人間的なものです。これらは、問題解決の例ですが、コミュニケーションやものごとを計画的に進める力などにおいても、同様のことが言えると思います。
私は、正しい問題解決や良好なコミュニケーションを実現するためには、人的要素や心理的な要素、ヒューマンスキルにもっと注目し、理解を深める必要があると思っています。問題解決を取り巻く様々な悪循環を断って、冷静に問題を受け止め、その解決プロセスに従って段階を踏んでいけば、多くの問題や課題は思われているよりも容易に解決することができるのです。
一般的に、ヒューマンスキルはよく「人間力」とも言われていますが、その提唱者であるハーバード大学のロバート・カッツは、マネージャに求められる能力としてヒューマンスキルをはじめ、以下のスキルを定義しています。
・ヒューマンスキル・・・対人関係能力とも言われる。業務を遂行している上で他者との良好な関係を形成する力。具体的にはコミュニケーション力、ネゴシエーション力など。
・テクニカルスキル・・・職務遂行能力とも言われる。職務を遂行する上で必要となる専門知識や業務知識、業務処理能力。
・コンセプチュアルスキル・・・概念化能力とも言われる。抽象的な考えや物事の大枠を理解する力。具体的には、論理的思考力、問題解決力、応用力など。
これらの3つのスキルが互いに連携し合うことで、与えられた業務を円滑にこなすことができると言われており、この3つのスキルともに大切なものです。そうは言っても、テクニカルスキルは日々の仕事を行うために必要になる業務知識やノウハウなど、仕事に直接効いてくるものですから、ついそこに目が向き、他のスキルは軽視されがちです。
コンセプチュアルスキルという言葉は、聞きなれない方もいらっしゃると思いますが、上位のマネージャにとって必要なものです。ビジネススキルとも呼ばれ、ビジネスの複雑化、高度化に伴って、新しいスキルも様々なものが定義されています。問題解決力や計画力などもこのスキルに含まれるものと言われています。このスキルは、ビジネスパーソンとして成長するに従って、よりコンセプチュアルなスキル、高次なスキルとして進化していくものなのです。
ヒューマンスキルは、今日では、全てのビジネスパーソンに必要なものと言われています。また、近年、就職活動において重視されるスキルとして注目を集めています。ヒューマンスキルは、他者との良好な人間関係を築くコミュニケーション能力やロジカルシンキング(論理的思考)などの基本的なスキルをはじめ、困難な課題に立ち向かう積極性や常に自分を高める向上心、変化に対応する力やチームを統率するリーダーシップなどたいへん幅広い意味で用いられています。ところが、その具体的なイメージや育成に関しては、あまり明確になっていません。先ほど述べたように、問題解決においても人的要素が大きな影響を与えていますから、ヒューマンスキルについて理解を深め、開発することができれば、問題解決力を身に付けることにつながるはずです。また、テクニカルスキルとヒューマンスキルを連携させることで、業務や職場を改善するための知恵や工夫を生み出すこともできるのです。ヒューマンスキルは、その人が長年培ってきた業務ノウハウや経験、その人が持つ人格や思いなどに根ざしているものですから、その潜在力は計り知れません。そうした潜在力に気づき、引出すことで、知恵や工夫を生み出すことができると思うのです。
次回も、ひき続きヒューマンスキルについて考えてみたいと思います。
北向観音節分会
北向観音節分会
別所温泉北向観音で、毎年恒例の節分会が行われました。今年も、九重親方や女優の藤田朋子さんをはじめ、数多くの著名人が参加する盛大な豆まきでした。
前回は、中教審の大学入試制度改革についてお話ししました。そのなかで、現在の教育が「知識の暗記や再生に偏っている」ことに触れました。学校教育では、長い間、先生が生徒に講義形式でものごとを教え、その教育効果や理解の度合いは、テストや試験の点数で評価されてきました。また、高校や大学などの入学試験の仕組みも、そうしたテストの点数や偏差値が物を言う価値観を助長してきました。一昔前のように、欧米というお手本があって、追いつき追い越せで頑張っていた時代にはそれでもまだ良かったのかもしれませんが、今や追いかけられる立場に様変わりしており、従来の学校教育の弊害が目立ってきているのです。
教育が知識の獲得に偏ることの弊害は、様々なところに現れています。高校や大学の序列化、いわゆる学歴の問題をはじめ、知識や理解力を評価するあまり、安易に答えだけを求め、ものごとに疑問を持ったり、立ち止まって考えたりすることが疎かにされる傾向にあります。そのために、考える力や想像力を伸ばす機会が減り、他者を思いやる心の衰退を招いているように思われます。また、過去の実績や前例にとらわれるあまり、創造力やチャレンジすることを阻害してしまうこともあります。そうしたことが、学ぶ意味や目的、そして学ぶ喜びを見つけることを難くしてしまっているのかもしれません。
大前研一氏が著書「考える技術」の中で、日本とアメリカでの教育の違いについて述べています。大前氏がMIT(マサチューセッツ工科大学)で原子力を学び、ドクター(博士号)試験を受けた時のことです。答えは全て合っていたにも関わらず結果は不合格。ちなみに、試験問題は、月の上の架空の原子炉で、制御棒によって原子炉を停止させる際の炉心の温度上昇とその安全性について答える、というものだったそうです。なぜ不合格なのか、その理由を先生に尋ねると、「数字があっているだけで思考のプロセスがはっきりしていない。これはエンジニアとしてもっとも危険なこと。」という返事が返ってきたそうです。合格した学生たちは、「数字は違っていても、『安全かどうか』について論陣をはり、なぜ重力の小さい月の上で地球上と同じやり方をすると危ないのか、どうすればより安全になるのかという思考プロセスを解答用紙に書き込んでいた」のだそうです。また大前氏は「日本の試験では方程式に当てはめて、答えがあっているかどうかが試されるが、アメリカでは方程式そのものをゼロから導き出す力が問われる。」とも言っています。
社会に出ると、答えのない問題や答えがいくつもある問題をどう解くのかが問われます。そのためには、自分の頭でものごとを考える思考プロセスを身に付けていることが求められます。自分の思考プロセスを働かせることで、知識や情報から具体的な問題を解くための知恵やアイディアを生み出すことができるのです。学校の成績が良くて、知識を沢山身に付ければ、知恵を生みだす力も身に付くと思われがちですが、そうではありません。実際には、学校を卒業して社会に出てから、そのギャップに驚き、痛い思いや経験を通して知恵を生み出すすべを身に付けているのが現実なのです。知識は覚えること、記憶することで身に付けることができますが、知恵を生み出す力は頭で理解するだけでは、身につきません。実際にやってみて、成功や失敗をくりかえしながら身に付けていくものなのです。
学校教育でも、既に新しい取り組みが始まっています。前長野県教育長山口氏は、著書「信州教育に未来はあるか」の中で、そうした取り組みの事例や、今後教育が進むべき方向性を示しています。その中で、山口氏は、「理解し吸収する教育」と「解決する学び」についてふれています。もちろん、前者の教育が不要になるわけではありませんが、先生達が自ら課題や問題の解決に取り組み、学び成長することは、先生と生徒、教えるものと教えられるものという従来の関係から、共に学び合う、という新しい関係を生み出すチャンスでもあると思うのです。
複雑化し、先が見えないビジネスの現場では、様々な目標を達成し、問題を解決するための知恵が求められます。また、私たちの身の回りには、少子高齢化、人口減少や経済的格差など、深刻な問題もたくさん存在しています。いくら知識や情報を持っていても、それだけでは何も解決することはできません。課題や問題の解決策を模索し、私たちが進むべき道を見いだすこと、すなわち知恵を出すことが本来の目的であって、知識や情報はそうした知恵を出すための大切な手段なのです。そのためにも、従来の知識中心の教育から、知恵を生み出す学びの促進に舵を切ることが、学校教育のみならず、家庭や企業をはじめ社会全体において求められていると思うのです。
以下の文献を参考にさせていただきました。
「考える技術」 大前研一 著 (講談社) 2004
「信州教育に未来はあるか」 山口利幸 著 (しなのき書房) 2014