ヒューマンスキル再考

 ロバーツ・カッツが3つのスキルを定義してから60年余りが経ち、その間にビジネスの世界も大きく様変わりしました。

 ロバート・カッツの時代には想像していなかった、コンピュータやネットワークなどの目覚ましい進歩、さらにはスマートフォンやAIなどの登場によって、新しいビジネスが次々に生まれています。こうした動きは、今後さらに加速していくことでしょう。
 この様な状況に対応するため、私たちに求められるスキルや能力も、変化し、多様化しています。そのため、カッツが唱えたスキルモデルでは、対応することが難しくなっていることも確かです。

 そこで、弊所では、新しい時代に対応するためのスキルモデルを提唱しています。この新しいスキルモデルを下図に示します。



 このモデルは、カッツのスキルモデルを拡張したものと言うことができます。

 カッツのスキルモデルでは、コンセプチュアルスキルとして、ものごとの本質を理解するための論理的思考力や問題解決力などが定義されています。マネジメントに求められる思考力や判断力がそれらに当たります。これらのスキルには、その根底に、その人個人に依存するものが存在していると考えられます。
 そこで、新しいモデルでは、コンセプチュアルスキルのうち、属人性が強く、それらのコアになるものをヒューマンスキルに含めています。また、人に依存しない一般化された知識やノウハウ、テクニックなどを、新たにビジネススキルとして定義しています。
 ビジネススキルは一般化されたものですから、広く社会で通用するものです。例えば、IT技術に関するノウハウやスキルなども、これらの中に含まれます。また、今後現れてくる新しいテクノロジーやそれらを取り巻く新しいビジネス手法なども包含することができます。

 また、カッツのスキルモデルにおけるテクニカルスキルを業務スキルと呼び換え、皆さんが所属している職場での業務遂行能力に限定して、社外通用性のあるビジネススキルと区別しています。

 これらの三つのスキルは、以下のように定義することができます。

業務スキル

  ・業務遂行能力。
   現在の職場で、職務を遂行するために必要な専門知識や経験、業務処理能力。
   職場に存在するローカルルールや暗黙知など。
   業務を通して獲得した知識や経験、業務処理能力。
    -カッツのスキルモデルのテクニカルスキルにあたるもの。
     但し、業務スキルは、あくまでも現在の職場において通用する業務遂行能力に限定しており、汎用的なビジネススキルと区別している。-

ビジネススキル

  ・職場に依存しない、汎用化された一般的な専門知識や専門スキル。
   外部の研修や自己啓発などで身に着けた知識やスキル。
   また、業務を行う上で必要な資格や認定試験など。
    -業務スキルが自社における業務遂行能力に限定しているのに対して、社外でも通用する一般化された業務スキルや専門知識。
     新しいテクノロジーやマネジメント手法などの登場によって、今後生まれる新しい専門知識や専門スキル等を含む。-

ヒューマンスキル

  ・個人の思いや実体験などによって身についた属人的なスキル。
   業務スキルやビジネススキルと連携して、知恵や業務での成果を生み出すスキル。
   日々の業務などで獲得した知識や経験を学びにつなげて自己の成長を図ると共に、まわりの人の成長を促し育成するスキル。


 次に、新しいスキルモデルとカッツのスキルモデルとの違いについて、挙げてみましょう。

 まず第一に挙げられるのは、カッツのスキルモデルがマネジメント層を対象にしているのに対して、このスキルモデルは、マネジメント層に限らず、すべてのビジネスパーソンを対象にしていることです。
 また、カッツのモデルが一般化された視点からスキルを分析しているのに対して、このモデルは、皆さんの視点からスキルをモデル化したものです。ですから、皆さんが実際にスキルを開発する際の道しるべとして、このモデルを役だてていただけると思います。

 次に挙げられるのは、これら三つのスキルが密接に連携していることです。三つのスキルが連携することで、実際の業務で成果をあげることができるのです。図において、三つのスキルがそれぞれ歯車として描かれていることも、その事を表しています。

 業務スキルとヒューマンスキルの連携については、カッツのスキルモデルでのテクニカルスキルとヒューマンスキルの連携と同様ですが、次項でヒューマンスキルについて具体化していますので、この点についてもさらに明らかになると思います。

 次に業務スキルとビジネススキルの連携について見ていきましょう。業務スキルは職場に依存するスキルですから、社内のローカルルールや暗黙知などを前提にしています。そのため、社内では通用する知識や経験であっても、そのままでは社外では通用しないものです。また、目の前の業務に追われてしまい、世の中の変化や新しい技術に取り残されてしまうリスクもあります。
 他方、ビジネススキルは一般化され共通化された知識や手法ですから、社外でも広く通用するものと言えます。ですから、ビジネススキルを学び、業務スキルと組み合わせることで、業務スキルの幅を広げ、社外でも通用するスキルを獲得することができるのです。
 また、ビジネススキルを獲得することで、社内のローカルルールや暗黙知に気づいたり、自社の価値や優位性を再発見することにもつながります。また、自社の問題点や改善すべき点など、新しい視点から自社の業務を見直すことも可能になるでしょう。
 人生百年時代と言われる今日、ビジネススキルを磨くことは、業務スキルの幅を広げ、社外でも通用するスキルを身につけて、自己の価値を高めることにもつながります。

 ビジネススキルとヒューマンスキルの連携については、後ほど述べたいと思います。

 最後に、このスキルモデルには、成長のプロセスを含んでいることが挙げられます。そうした成長のプロセスの中心になるのがヒューマンスキルです。これらについては、次項で詳しく述べたいと思います。

ヒューマンスキルを構成する力

 前項でスキルモデルの再定義を行いましたが、この項では、再定義されたヒューマンスキルについて、さらに詳しく見ていきましょう。

 ヒューマンスキルの詳細を図に示したものが下図です。ヒューマンスキルは、「思考力」を中心に、五つの力がその周りを取り囲んでいます。



 ここで、「コミュニケーション力」がヒューマンスキルの一要素として挙げられているのは、カッツのスキルモデルと同様です。
 一方、カッツのスキルモデルでは、コンセプチュアルスキルにあげられていた「計画力」や
「問題解決力」が、ヒューマンスキルに含まれています。これらが、前述したコンセプチュアルスキルの中で、属人性が強いものにあたります。これらは、ビジネススキルが提供する様々な知識や手法などの核(コア)となるものでもあります。ですから、ビジネススキルを身につける際には、これらのヒューマンスキルが手助けをしてくれるのです。
 また、前項で述べた成長プロセスを実現するスキルとして、「成長力」と「育成力」を挙げています。
 これらの五つの力を支えているのが、「思考力」、すなわち考える力です。

 ヒューマンスキルは、ビジネススキル、業務スキルと連携して、得られた情報やデータなどから業務に必要な知恵を生み出します。その時に、その人が獲得している知識や経験などが生かされることは言うまでもありません。

 以下に、ヒューマンスキルを構成する各スキルについて紹介します。

思考力

 ・他人の意見や借り物の知識に頼るのではなく、自分の頭で考える力
 ・ものごとを表層だけにとらわれず、核心に近づくために深く考える力
 ・自分の視野の限界を認識した上で、広い視野に立ってものごとを考える力
 ・たとえ答えが見つからなくても、あきらめずに考え続ける力

 思考力は、ヒューマンスキルの五つの力を支えるものです。ここで言う思考力は、実体験や長年培われた世界観や価値観などに根差したその人の考える力のことを言います。ですから、いわゆるロジカルシンキング、論理的思考力などは、その一部に過ぎません。これらは、どちらかと言うとビジネススキルに入るものかもしれません。ですから、考える力を伸ばすことは一生の仕事なのです。
 また、思考力はヒューマンスキルを身につけることによって、実戦的に伸ばすことができます。よく考えることも、ヒューマンスキルを身につける上で大切なことなのです。
(「気づきのヒント」の「考える力」にいくつかのコラムを掲載しています。)

コミュニケーション力

 ・自分の考えを、相手が正しく理解できるように、分かりやすく伝える力。
 ・相手を理解、尊重し、相手が言っていることやその真意を聞き取る力。(傾聴力)
 ・自分の感情に流されず、感情をコントロールする力。

計画力

 ・チームや組織の目標、課題を形成する力。
 ・目標や課題を具体化し、実際の行動に結びつける力。
 ・ものごとを計画的に実行し、目標や課題を実現していく力。
 ・困難な課題にもあきらめずに立ち向かう力。

問題解決力

 ・問題や課題について理解を深め、問題の全体像を捉える力
 ・問題の真の原因(真因)を明らかにする力
 ・問題に関わる人たちを巻き込み、問題を共有して解決策を見出す力
 ・自分やチームの感度を高め、問題やその予兆への気づきを促す力

 これらは、いずれも皆さんが本来持っている能力や可能性を引き出し、まわりの人たちと協力して、具体的な成果を上げるためのものです。

 「コミュニケーション力」というと、発信力の方に目が行きがちですが、相手の話をよく聞く力があってはじめて、発信力が生きてきます。また、人の話を真摯に聞くことで、新しい視点を獲得することにもつながります。
 一方で、自分の感情の動きが、間違ったメッセージを相手に伝えてしまうことも良くあります。そうしたところにも、「人間力」を伸ばす余地があるのです。
 職場で発生する問題の多くが、コミュニケーションに起因すると言われています。問題の根底にあるコミュニケーションの課題に目を向けることで、多くの職場の問題が解決に向かうのかもしれません。
 また、「コミュニケーション力」がコアであるビジネススキルとしては、先程述べたロジカルシンキングや論理的思考力の他に、プレゼンテーション力や交渉力などが挙げられます。これらは、人対人の「コミュニケーション力」が基盤になっているものなのです。

 「計画力」というと、計画づくりに主眼が置かれることが多いものです。ここでは、りっぱな計画を作ることよりも、困難な課題や目標に対して、その実現のために、具体的な実行計画を作り、知恵を出しながらあきらめずに実現していくことを重視しています。りっぱな計画を作ろうとすると、往々にして絵に描いた餅になりかねません。あくまでも、実情に合った現実的な具体策が求められるのです。

 「問題解決力」は、特に「考える力」と関係が深いものです。そして、問題を解決するためには、知恵を出すこと、知恵を集めることが必要です。
 その前提として、まず問題を自分(達)のこととして、受け止めることが大切です。他人事と思っていては、知恵は出てきません。誰でも問題があるとは思いたくはありませんし、できれば問題には関わりたくないと思うのも人情でしょう。でも、問題から逃げていては、問題解決力が育つことはないのです。
 問題は自分ひとりで解決できるものではありません。多くの問題を解決するためには、まわりの人の助けが必要です。関係するメンバーと問題を共有することが、問題解決の第一歩なのです。
 また、問題を解決するためには、問題の核心に迫り、その原因を明らかにして解決策を導き出すことが必要です。「考える力」や知恵が求められるところです。
 解決策によっては、利害関係の対立を調整して、広く合意を形成することが必要になることもあるでしょう。こうした問題解決のプロセスは、いずれも「人間力」なくして成し得ないものです。
 今日では、解くべき問題や課題はますます複雑になっています。そのため、問題解決力の価値は否が応でも高まっているのです。また、問題を解決するプロセスは、ヒューマンスキルを身につけるための恰好の機会でもあるのです。
(「気づきのヒント」の「問題解決の窓」にいくつかのコラムを掲載しています。)

成長力

 ・ありのままの自己を知ろうと努め、それを受け入れる力
 ・自己の目指す姿(目標)を定め、その実現に向けて成長を続ける力
 ・振り返りを行い、日々の経験を気づきや学びに変える力

育成力

 ・メンバーが求めていることを理解しようと努め、その学びや成長を支援し、促す力
 ・自律し自走するようにメンバーを支援し、チームや組織の活力を高める力
 ・メンバーが獲得した経験や知識に共感し、チームや組織の知識(ベストプラクティス)にする力

 「成長力」は皆さん自身の成長エンジンです。また、「育成力」はチームや組織の成長エンジンともいえるもので、リーダーやマネジャーにとって必要不可欠なスキルです。

 皆さんが成長するためには、等身大の自分を知ることが大切です。過大評価することも過小評価することもなく、素直に今の自分自身を知ろうとすることが、成長するための第一歩なのです。
 私たちは、日々の業務を通して様々な経験を積み、知識を得ます。そうした経験や知識を新しい気づきや学びにつなげることによって、個人の成長は促進されます。経験には、もちろん良い経験ばかりではないでしょう。つらいことや、忘れてしまいたいこともあるでしょう。でも、そうした経験ほど、学ぶべきものが多いのかもしれません。
 皆さんのまわりには、学びの機会がたくさんあるのです。そうした機会に気づき、生かすことで、皆さんの成長を実現することができるのです。

 部下ができて、その育成に困っているマネジャーやリーダーの皆さんがいらっしゃるかもしれません。年代ギャップや価値観の違いに戸惑っている方も多いのではないでしょうか。皆さんが若い頃の経験が、今の若者には通用しないことも多いことでしょう。過去と同じことを押し付けても反発されてしまうだけです。
 一方で、今の若者は、成長する意欲は強いと言われています。メンバーの視点に立って、そうした意欲を引き出して若者の成長を支援することが、メンバーを育成することに他ならないのです。

 「成長力」と「育成力」には関連があります。皆さんがメンバーの時に「成長力」を身につけるために努力し苦労した経験は、リーダーになった時に、メンバーの成長を促す「育成力」のヒントを与えてくれるはずです。「育成力」は、「成長力」の裏返しなのです。
 もちろん、リーダーやマネジャーになっても、次の目標に向かって成長するために、「成長力」が求められることに変わりはありません。リーダーやマネジャーもまた発展途上人なのですから・・・