考える力

 本ページは、「気づきのヒント」に掲載されたコラムのうち、考えること、考える力に関するものをまとめたものです。

 考えることは、もう少しうまく出来るものかもしれません。そんなところにも、伸びしろがあるのかも・・・日々のちょっとしたきっかけが、あなたの考える力を伸ばしてくれるのかもしれません。

  知恵を生む力

  考えることのすすめ

  考える力とITツール

  考える力の伸ばし方

  ヒューマンスキルと考えること

知恵を生む力



前回は、中教審の大学入試制度改革についてお話ししました。そのなかで、現在の教育が「知識の暗記や再生に偏っている」ことに触れました。学校教育では、長い間、先生が生徒に講義形式でものごとを教え、その教育効果や理解の度合いは、テストや試験の点数で評価されてきました。また、高校や大学などの入学試験の仕組みもそうしたテストの点数や偏差値が物を言う価値観を助長してきました。一昔前のように、欧米というお手本があって、追いつき追い越せで頑張っていた時代にはそれでもまだ良かったのかもしれませんが、今や追いかけられる立場に様変わりしており、従来の学校教育の弊害が目立ってきているのです。

 教育が知識の獲得に偏ることの弊害は、様々なところに現れています。高校や大学の序列化、いわゆる学歴の問題をはじめ、知識や理解力を評価するあまり、安易に答えだけを求め、ものごとに疑問を持ったり、立ち止まって考えたりすることが疎かにされる傾向にあります。そのために、考える力や想像力を伸ばす機会が減り、他者を思いやる心の衰退を招いているように思われます。また、過去の実績や前例にとらわれるあまり、創造力やチャレンジすることを阻害してしまうこともあります。そうしたことが、学ぶ意味や目的、そして学ぶ喜びを見つけることを難くしてしまっているのかもしれません。

 大前研一氏が著書「考える技術」の中で、日本とアメリカでの教育の違いについて述べています。大前氏がMIT(マサチューセッツ工科大学)で原子力を学び、ドクター(博士号)試験を受けた時のことです。答えは全て合っていたにも関わらず結果は不合格。ちなみに、試験問題は、月の上の架空の原子炉で、制御棒によって原子炉を停止させる際の炉心の温度上昇とその安全性について答える、というものだったそうです。なぜ不合格なのか、その理由を先生に尋ねると、「数字があっているだけで思考のプロセスがはっきりしていない。これはエンジニアとしてもっとも危険なこと。」という返事が返ってきたそうです。合格した学生たちは、「数字は違っていても、『安全かどうか』について論陣をはり、なぜ重力の小さい月の上で地球上と同じやり方をすると危ないのか、どうすればより安全になるのかという思考プロセスを解答用紙に書き込んでいた」のだそうです。また大前氏は「日本の試験では方程式に当てはめて、答えがあっているかどうかが試されるが、アメリカでは方程式そのものをゼロから導き出す力が問われる。」とも言っています。

 社会に出ると、答えのない問題や答えがいくつもある問題をどう解くのかが問われます。そのためには、自分の頭でものごとを考える思考プロセスを身に付けていることが求められます。自分の思考プロセスを働かせることで、知識や情報から具体的な問題を解くための知恵やアイディアを生み出すことができるのです。学校の成績が良くて、知識を沢山身に付ければ、知恵を生みだす力も身に付くと思われがちですが、そうではありません。実際には、学校を卒業して社会に出てから、そのギャップに驚き、痛い思いや経験を通して知恵を生み出すすべを身に付けているのが現実なのです。知識は覚えること、記憶することで身に付けることができますが、知恵を生み出す力は頭で理解するだけでは、身につきません。実際にやってみて、成功や失敗をくりかえしながら身に付けていくものなのです。

 学校教育でも、既に新しい取り組みが始まっています。前長野県教育長山口氏は、著書「信州教育に未来はあるか」の中で、そうした取り組みの事例や、今後教育が進むべき方向性を示しています。その中で、山口氏は、「理解し吸収する教育」と「解決する学び」についてふれています。もちろん、前者の教育が不要になるわけではありませんが、先生達が自ら課題や問題の解決に取り組み、学び成長することは、先生と生徒、教えるものと教えられるものという従来の関係から、共に学び合う、という新しい関係を生み出すチャンスでもあると思うのです。

 複雑化し、先が見えないビジネスの現場では、様々な目標を達成し、問題を解決するための知恵が求められます。また、私たちの身の回りには、少子高齢化、人口減少や経済的格差など、深刻な問題もたくさん存在しています。いくら知識や情報を持っていても、それだけでは何も解決することはできません。課題や問題の解決策を模索し、私たちが進むべき道を見いだすこと、すなわち知恵を出すことが本来の目的であって、知識や情報はそうした知恵を出すための大切な手段なのです。そのためにも、従来の知識中心の教育から、知恵を生み出す学びの促進に舵を切ることが、学校教育のみならず、家庭や企業をはじめ社会全体において求められていると思うのです。

 以下の文献を参考にさせていただきました。

「考える技術」       大前研一 著 (講談社)    2004

「信州教育に未来はあるか」 山口利幸 著 (しなのき書房) 2014

                                    (2015年2月掲載)


考えることのすすめ



この間、考えることや考える力の伸ばし方について取り上げてきました。今回は、そのまとめとして、考えることの効果やメリットについて考えてみたいと思います。
 

考えること、思考力の大切さは、誰もが認めるところですが、考えることについて改めてとりあげると、「考えることなんて、なんで今さら」とか、「当然できているに決まっているじゃないか」などとお叱りを受けるかもしれません。ところが、自分の考える力に自信を持っている人は、案外少ないのかもしれません。考えることはあまりにも身近すぎるために、かえって見えにくくなっているのかもしれません。 

考える力を伸ばそうと努力する人がいる一方で、考えることに無頓着だったり、あきらめてしまっている方もいらっしゃるのではないでしょうか。考えをまとめようとしても、考えが発散してうまくまとまらない。考えを進めていくと、分かっていると思っていたことが実はよく分かっていなかったりして、ますます考えることがいやになってしまう。まさに悪循環です。たしかに、考えることは面倒でイライラすることも多いものです。でも、それは一足飛びに高いバーを飛び越えようとしているからなのかもしれません。そうならないためにも、日頃から皆さんにあったペースで考えるトレーニングをしてみることも良いのではないでしょうか。 

分かっていると思っていたことが、実はよく分かっていないことに気づくことも、今までより一歩踏み込んで考えている証拠なのかもしれません。分かっていなかったことについて、より知ろうとするば良いのです。このように、考える力が身についてくると、皆さんの行動や身の回りで様々な変化が起きてきます。そうした変化は、一見マイナスに見えるものであっても、実は皆さんにメリットを与えてくれるものなのです。その例をいくつかあげてみましょう。 

・ものごとをより深く理解することができる。分かっていると思い込んでいたことでも、理解できていないことに気づき、理解を深めることができる。ものごとの表面的な理解に留まらず、様々な角度から見ることで、本質的な理解に近づくことができる。

・一時の感情やまわりの意見に振り回されることが少なくなる。好き嫌いなどの感情の動きを客観的にとらえ、そうした感情がなぜ起きたのかを知ることで、感情のエネルギーをコントロールすることができる。また、まわりの意見を無批判に受け入れるのではなく、その真意を知り、自分の考えを育てる参考にできる。

・自分の考えを押し付けようとしないで、言いたい事や考えを筋道立てて考え、相手にとって分かり易く伝えることを心がけるようになる。

・人の話をよく聞くようになる。自分の感情や思い込みのために、大切な内容を聞き漏らしたり、誤解することがなくなる。話し手に対して、理解と関心を持って接することができるようになる。 

・自分の限界や足りないものを知り、視野や考えを広げることができる。新しい発想やアイディアなどを手に入れ、自分の可能性を広げることができる。

 

ここに挙げた他にも、考えることのメリットは数えきれません。考える力はすぐに身に付くものではありませんが、これらの変化を感じ、変化を味方につけることによって、さらに伸ばしていくことができるのです。誰かと会話する時はもちろん、ふと疑問が湧いた時やゆきづまりを感じた時など、考える力を伸ばす機会は、皆さんのまわりにたくさんあるのです。
                                   (2014年12月掲載)

考える力とITツール

                                    

近年のITツールの進化には、目覚ましいものがあります。身近なところではスマートフォンがそうですし、インターネット、クラウドなどのネットワーク環境もずいぶんと便利になりました。このコラムで取り上げてきた「考える力」も、こうしたITツールと組み合わせることによって、さらに強めることができるのです。 

スマートフォンには、カメラと連動した便利なアプリが数多く出回っています。スーパーなどでもらってきたレシートの写真を撮るだけで家計簿が作れるアプリなど、一昔前のコンピュータでは、とてもそんな芸当はできませんでした。WordExcelのテンプレートも、小規模なビジネスではそのまま使えそうなものもあります。また、PowerPointSmartArtグラフィックには、階層、手順やマトリクスなどの構造を表現するための様々な図形が用意されています。これらは、プレゼングラフを作る際にとても便利なものですが、私たちがものごとを考える際のフレームワークとしても使うことができます。また、インターネットは、巨大な知識・情報バンクとして、私たちが考えを進める際に活用できることは言うまでもありません。

 これらはほんの一例ですが、ITツールを使いこなすことで、私たちの「考える力」や知的生産性は格段に伸ばすことができるのです。もちろん、その基盤が私たちの「考える力」であることはいうまでもありません。

 ところが、スマホ中毒やゲーム依存、メールでの言葉の乱れなど、悪い影響が出ている面もあります。残念なことです。スマートフォンを使うことで、かえって大切なものを見失い、ものごとを考えなくなってしまうとしたら、それこそ本末転倒です。知識や情報を手に入れると、それだけでなにか賢くなったような気持ちになってしまいますが、それらを自分なりに消化して初めて、自分の視野を広げ、知恵や価値を生み出すことができるのです。ITツールの進化は、知識や情報の入手を容易にする一方で、そうした誤解や混乱を助長しているのかもしれません。ITツールは道具であって、それらを使いこなすのはあくまでも私たちなのです。

 AppleSteve Jobs氏は、生前、社内でプレゼンテーションツールの使用を禁止していたと聞いたことがあります。プレゼンテーションツールを使うことでかえって知的生産性が落ちる、というのがその理由だそうです。プレゼンテーションツールが商売道具である私にはたいへん耳の痛い話ですが、彼のシンプルな美意識がそうさせたのかもしれません。彼のプレゼンが卓越していたことはたいへん有名です。彼のプレゼンは、あくまでも商品を前面に出したシンプルなものでした。商品のすばらしさとそこに凝縮されたアイディアを、実際に商品を手に取りながら直接カスタマーに伝える。そのプレゼンが生み出す効果は絶大でした。

 便利なITツールを手に入れた今こそ、そうした道具を使いこなして、私たちの「考える力」や知的生産性を向上させる、またと無いチャンスなのかもしれません。
                                   (2014年10月掲載)    

考える力の伸ばし方

 前回、考えることの大切さについてお話ししました。考える力はヒューマンスキル共通の基盤になるもので、円滑なコミュニケーションを実現したり、様々な問題の解決策を見出したりする際に、とても役に立つものなのです。今回は、そんな考える力を実践的に身につけ、伸ばすことについて考えてみましょう。 

前回もお話ししましたが、考えることは意識して行っているかどうかは別として、誰でも日々行っていることなのです。でも、いざ改めて自分の考えをまとめようとすると、なかなか思うようにはいかないものです。そんな経験をお持ちの方はたくさんいらっしゃることでしょう。 

考える力を伸ばすためには、日頃から良く考えることにつきます。知識を増やせば、考える力も自ずと伸びていくもの、と思われがちですが、どうも知識を増やすことと、考える力を伸ばすことは違うもののようです。知識を増やすだけでは、考える力は身につかないのです。考える力を伸ばすためには、考えるための練習(プラクティス)が必要になります。じっくり考えることの積み重ねが、考える力を伸ばしていくのです。 

企業において、社員の考える力を伸ばす機会を作っている例があります。ホンダでは、「ワイガヤ」と呼ばれる泊り込み合宿があるそうですが、そこでは、三日三晩、徹底的な議論が行われるのだそうです。そこでは、新入りの技術者も、「で、あなたはどう思う?」と繰り返し問われ、自分の頭で考えることを訓練されるのだそうです。もちろん、生半可な意見や借り物の考えは通用しません。三日三晩、ほとんど議論漬けなので、三日目ともなると、形式的で通り一遍の議論はなくなり、本音がぶつかり合い、本質にせまる議論になるのだそうです。このように、一見回り道とも思える取り組みが、ホンダの企業文化を支えているのかもしれません。詳しくは、ホンダでエアバックの商品化に携わられた小林三郎氏の参考文献をご覧頂ければと思います。 

もし、あなたの職場に、このような議論や考える訓練の場があれば言うことはありません。また、あなたのまわりの厳しい上司や先輩もこうした訓練の場を提供してくれている、と考えてみたらどうでしょう。いずれにしても、大いに活用してあなたの考える力を鍛えることをお勧めします。もしそんな訓練の場が身近になければ、あなた自身で、考える機会を作ってみると良いでしょう。じっくり考える時間を作ってみるのです。短時間でかまいません。テーマは、あなたの身近な問題や課題など、どんなことでもかまいません。答えを出すことを急がずに、自分の考えを整理するつもりで考えてみましょう。 

自分の考えが少し形になってきたら、自問自答を行って、あなたの考えを育てていきます。例えば、考えの筋道は通っているか?考えは足りているか?なぜ、自分はそう考えるのか、その裏付けはなにか?など、厳しい上司になったつもりで、自分の意見を叩いてみるのです。そして、それらの質問に答えるために、もう一歩考えを深めてみましょう。そうしたら、また叩いてみるのです。このようなプラクティスを繰り返すことで、あなたの考えや思いが少しずつ形を現してくるのです。

 考えることは、様々な試行錯誤を繰り返しながら、自問自答のプロセスを創り出していくことなのです。考えることを通してあなたの自問自答のパターンを増やしていくことが、考える力を伸ばすことにつながるのです。考える力を身に付けるためには少し時間がかかりますが、若い皆さんには十分時間があります。今から、あなたにあったペースで、考えること、自問自答を繰り返していくことが肝心なのです。

次の文献を参考にさせていただきました。 

ホンダ イノベーションの神髄        小林三郎 著      (日経BP社)
                                (2014年6月掲載)

ヒューマンスキルと考えること


今回は、ヒューマンスキルの基本になる、考えることについて考えてみましょう。考えることについて考えるというと、何か妙な気もしますが、後の方の「考える」を「客観化して思考の対象にする」と置き換えれば、分かり易くなるのではないでしょうか。 

私たちは、日頃考えることについてあまり意識することはありません。無意識のうちに考えることを行っているようです。ということは、そもそもあまり考えていない?・・・でも、最近のように商品やサービスの知識化が進み、知的労働が増えてくると、考えることについて、少し真面目に考えることも必要かもしれません。いろいろと「考えること」や「アイディア」を出すことが求められていますし、「考える」ことの中身や質が問われてきているようです。 

話をヒューマンスキルに戻しましょう。私は、ヒューマンスキルとして、自分の力で考えることとともに、コミュニケーション力や問題発見・解決力、計画力、メンバーやチームを育成する力などをあげています。それらはお互いに強めあうものなのですが、とりわけ考える力は他のヒューマンスキルの基盤になる大切なものと言えます。例えば、私たちがコミュニケーションを行う時、その効果を上げるために、相手から様々な情報を得ようとします。相手の反応を見て、自分の言ったことが正しく伝わっているかを判断したり、必要かあれば相手が理解しやすい言葉に置き換えたりします。また、大事な内容であれば、念のために相手に正しく伝わったことを確認することもあるでしょう。これらを瞬時に行う訳ですが、そこには、意識する、しないに関わらず、考える力が働いていることは確かなのです。 

また、問題を解決する場合には、考える力をフルに働かせることが求められます。問題解決がうまくいかないケースの多くは、考えることが足りていないことによるものです。発生した事象をありのままに観察して、問題自体を正しく認識することや、想像力を働かせて問題の根本的な原因や有効な解決策を見つけ出すことにも考える力が必要です。目に見える現象ばかりに気をとられていると、問題解決はうまくいきません。目に見えない力やメカニズムが問題を引き起こしたり、問題の解決を邪魔したりしているのです。問題を解決するためには、このような目に見えない力やメカニズムを見つけ出し、相手にする必要があるのです。 

目に見えないものを相手にするためには、考える力が必要です。私たちは考える力を身に付けることによって、目に見えないものに手を伸ばすことができるのです。また、米国のある心理学者が、プロとアマチュアの違いをこう言っています。 

「アマチュアは目に見えるものを相手にするが、プロは目に見えないものを相手にしている。」 

考える力を身につけることは、コミュニケーション力や問題解決力などのヒューマンスキルを伸ばすとともに、プロフェッショナルへの道にもつながっているのです。
                                (2014年1月掲載)