百八手(千駄焚)の再現
百八手(千駄焚)の再現
上田駅から上田電鉄別所線に乗って別所温泉に向かう途中に、塩田平が広がっています。塩田平は雨が少なく、全国でも有数のため池地帯です。先日、ため池の文化や塩田平の歴史に親しむ「塩田平ため池フェスティバル」が開催されました。イベントの目玉として、塩田平に伝わる雨乞い行事「百八手(千駄焚)」が再現されました。会場の甲田池のまわりを200本を超えるたいまつが囲み、仏式による祈祷の後、一斉に火が点けられました。たいまつが勢いよく燃え上がり、幻想的で貴重なひと時を過ごすことができました。
前回は、ホンダ生みの親、本田宗一郎さんの教えについてお話ししました。本田さんは数多くの偉業を成し遂げましたが、そうした偉業のひとつひとつは、数えきれない程の失敗に支えられているのです。本田さんの人生は、失敗から学び続けることの大切さを教えてくれます。
私たちは、頭では失敗の大切さや失敗から学ぶことを分かっていても、実際に失敗に直面すると、つい失敗を他人のせいにしたり、失敗を認めたがらなかったりするものです。また、失敗を避けようとして、新しいことに取り組むことをためらってしまうこともあります。どんなに小さなことでも、初めてやることはうまくいかないものです。もちろん、誰だって失敗はしたくありませんが、失敗を恐れていては、何ごとも始められないのです。
失敗すると、まわりから何を言われるか分かったものではありません。まわりの目を気にするあまり、失敗の大切さや失敗から学ぶことを忘れてしまい、はじめの一歩を踏み出す勇気が持てないのかもしれません。また、失敗さえしなければ、いつかは成功できると思っている人は多いのではないでしょうか。実はそうではないのです。失敗を恐れて何もしなければ、成功を手に入れることはできません。本田さんの様に、失敗を繰り返して、失敗することで明らかになった課題をひとつひとつクリアすることで、成功にたどり着くことができるのです。失敗を厭わないこと、失敗から学んだ経験を次に生かすことが、真に成功を望む態度であると思うのです。
今日の社会は、失敗や挫折に対する寛容さを失いつつあるように思います。世の中が成熟してきたと言えばそうなのでしょうが、一方で失敗を許す寛容さや余裕が無くなってきているのも事実なのではないでしょうか。確かに、社会が複雑になり、失敗が許されないことも増えています。私が携わっていたシステム開発なども、失敗が許されない世界です。コンピュータのプログラムに間違いがあると、システムが誤作動を起こしてしまい、今やその影響は計り知れません。そのために、何重にもチェックやテストを繰り返すのですが、そんな世界でも、人の失敗を責めることは逆効果にしかなりません。人は間違え、失敗するものです。誤りを責めれば責めるほど、隠そうとするものですし、完璧さを求めれば、どこかに無理が生じてきます。
私は、人が失敗を避け、社会が失敗に対する寛容さを失うことによって、失敗に対する感度が鈍くなり、失敗から学ぶ力が弱くなってしまうことを危惧しています。失敗が許されなくなると、ますます失敗を避け、失敗から学ぶことをやめてしまうのです。その結果、小さな失敗で済む場合でも、大きな失敗を引き起こしてしまいかねません。また、失敗を認めたがらない風土は、様々な改善や大きな失敗の予兆に気づく機会を逸してしまい、その結果、組織や社会の危機を招きかねません。
もちろん、私は失敗することを勧めている訳ではありませんし、失敗しないことに越したことはありません。要は、失敗したあとが肝心なのです。失敗はマイナスの面だけではありません。失敗から学べることはたくさんありますし、失敗してはじめて分かること、見えてくることもあるのです。人や組織は、失敗や挫折から学ぶことで成長するものです。「失敗は成功の母」という言葉もあります。「大きな成功は小さな失敗の集まり」でもあるのです。
上田祇園祭り
信州上田大花火大会
先日、信州上田の夏を彩る、上田祇園祭りや大花火大会が盛大に行われました。信州上田もいよいよ夏本番です。
私が尊敬する経営者に、ホンダの創業者、本田宗一郎さんがいます。もっとも、本田さんは経営者というより、「おやじさん」と呼ばれ、生涯、技術屋として油にまみれていた、そんなイメージが強い方です。
本田さんが本田技術研究所(現在の本田技研工業)を立ち上げたのが1946年(昭和21年)、終戦の翌年です。戦争が終わって、日本もガラリと変わってしまい、誰もが食べるのに精いっぱいだった、そんな時代です。戦争中は、東海精機という会社で軍用機のエンジンやピストンリングなどを作っていましたが、東海精機にはトヨタも出資していましたから、終戦後には、「トヨタの下請けをやらないか」という誘いもあったそうです。そんな時代ですから、とてもありがたい話だったのでしょうが、その誘いを断って、あくまでも自分の意思でものごとを進めることにこだわったのです。結局、東海精機を手放して、本田技術研究所を立ち上げるのです。ちょうど軍がストックしていた通信機用のエンジンを、自転車に付けられるように改造して売り出したところ、それが大当たり。これがいわゆる「バタバタ」で、当時の闇屋の足として、たいへん重宝がられたそうです。
本田さんといえばレース好きで有名ですが、ホンダを一躍世界的に有名にしたのが、オートバイのマン島レースです。もっとも、このレースに出場することを宣言した後、実際にマン島レースを見た時には、外国製オートバイの技術の高さに度肝を抜かれ、「とんでもない宣言をしたものだ」と後悔したのだそうです。当時の日本のオートバイは、とても世界に通用するレベルではなかったのです。けれども、そこでへこたれずに、果敢にチャレンジするのが本田さんです。
マン島のレースに勝つためには、今までのエンジンの数倍の馬力を出す必要がありました。そこで、本田さんは、エンジンの回転数を上げることを目指したのです。しかも、その目標が半端じゃない。それまでのエンジンの回転数は、3000~4000回転。それを一挙に8000~10000回転まで引上げようというのです。もちろん、周りの技術者は大反対。「できる訳がない」の一点張りです。それでも、みんなで必死に頑張って、この難題をクリアしてしまいます。目標が高ければ高いほど、問題もたくさん出るものです。エンジンの回転数を上げると、ピストンリングやバルブなどの部品が悲鳴をあげ、次々に故障してしまいます。そんな問題をひとつひとつ乗り越えながら、世界と互角に戦えるオートバイを作りだしたのです。ホンダはマン島レースで優勝し、本田さんも「世界のオートバイ王」と呼ばれるようになります。
こうした本田さん達の努力が、自動車の開発、そしてマスキー法を世界で初めてクリアしたCVCCエンジンの実現につながっていくのです。マスキー法は、1970年にアメリカ議会で成立するのですが、1975年までに自動車の排気ガス中の有害成分を十分の一に減らそうというもので、ほとんどの自動車会社も、「実現は難しい」と考えていました。そんな中で、ホンダはCVCCエンジンによって、その基準をクリアするのです。本田さんの夢は、ガソリンを完全に燃焼させ、公害物質を出さない、燃費の良い完璧なエンジンを作ることでした。本田さんがマン島レースで実現した高回転エンジンは、そんな本田さんが目指すエンジンへの一歩を踏み出したものなのです。そして、その歩みが、CVCCエンジンを生み出すのです。
いつも大きな夢を追い求めた本田さん。好奇心が人一倍強く、何事にも「見たり、聞いたり、試したり」を徹底して、経験から学んでいった本田さん。失敗を厭わず、失敗の大切さ、失敗と成功は表裏一体であることを知っていた本田さん。「こわいのは失敗することではなく、失敗を恐れて何もしないことだ。」という有名な言葉も、そうしたご自身の体験から出てきたのでしょう。
そんな本田さんでも、いや、そんな本田さんだからこそ、何度も挫けそうになったことでしょう。そんな時に、本田さんを支えたのが、何ものにも頼らない自立心や「へこたれない心」だったのです。終戦後の焼野原で、トヨタの下請けになることを断ったのも、「大樹の下で安楽にやることを徹底的に嫌っていた」(参考文献まま)という本田さんの自立への思いから発しているのです。また、マン島レースの時のように、周囲から「できっこない」と言われると、「それならやってみようじゃないか」と、かえって火がついてしまう。そんな「へそ曲がり」なところも、不可能を可能に変える原動力だったのかもしれません。あきらめることは、いつでもできます。あきらめずにもう一歩踏ん張ってみる、そんな「へこたれない心」も、こうした様々な体験を通して養われていったのかもしれません。
「もっと良くなるはずだ」、「もう一工夫してみよう」という前向きな思いや困難な課題に立ち向かうことよりも、良く見せようとその場を取り繕い、失敗を避けて通ることが横行する昨今。本田さんのひたむきで一本筋の通った教えに、今一度耳を傾ける必要があるのではないでしょうか。
久々にF1に復活したマクラーレン・ホンダ。活躍が楽しみです。
以下の文献を参考にさせていただきました。
「わが友 本田宗一郎」 井深 大 著 (ゴマブックス株式会社) 2015 (1991年刊行の復刊)
さなだどりーむ号
別所温泉駅のさなだどりーむ号
上田電鉄別所線に新しい仲間が増えました。真田幸村の赤備え鎧をイメージした2両編成の電車「さなだどりーむ号」です。この愛称は、島根県の高校生からの応募によるものです。塩田平を走る「さなだドリーム号」、力強さが感じられます。
前回のコラムでは、ヒューマンスキルの「考える力」と5つのスキルついてお話ししました。繰り返しになりますが、5つのスキルとは、「成長力」、「コミュニケーション力」、「計画力」、「問題解決力」そして「育成力」です。ヒューマンスキルは人間力とも呼ばれ、コミュニケーション力や向上心、積極性やリーダーシップなどのことを言います。最近では、困難な課題に立ち向かうチャレンジ力や変化への対応力なども人間力として注目されています。これらはその人の人となりによるところが多く、生まれつき備わっているものと思われがちです。もちろん、生まれつき人間力が優れている人もいるのでしょうが、と同時に、経験や努力によって伸ばすことができるものでもあるのです。
5つのスキルのうち、ヒューマンスキルに直接関係がありそうなのは、「コミュニケーション力」、「成長力」、そして「育成力」でしょうか。残るのは、「計画力」と「問題解決力」の2つですが、前回のコラムでもお話ししましたように、どちらも一般的にはコンセプチュアルスキル(私は、ビジネススキルと呼んでいます。)に位置付けられるものです。なぜ、それらをヒューマンスキルとしているのかと言いますと、以下の3つの理由が挙げられます。
第一の理由は、私たちが生きている現代社会やビジネスの世界は、変化が激しく、日々複雑化していることです。そのために、ものごとを計画的に進めたり、様々な課題や問題を解決するためには、小手先のテクニックやノウハウでは歯が立ちません。自分の頭で考え抜くことや、その考えにもとづいて判断し行動することが必要なのです。また、いくら専門的なスキルを身に付けていても、それだけでは複雑に絡み合った問題を解決することは難しいものです。コミュニケーション力や、信頼感などの人間力が求められる問題も増えているように思います。また、計画力や問題解決力の基本が身に付いていなければ、自信も生まれず、困難な課題にチャレンジしたり、激しい変化に対応することもできません。
二番目の理由としては、ヒューマンスキル自体が漠然としていることが挙げられます。そのため、ヒューマンスキルを伸ばすには何をすれば良いのか、よく分からないのが現状ではないでしょうか。どんなスキルも努力することなしに手に入れることはできませんが、どんな努力をすれば良いのか分からなければ、努力のしようもありません。そこで、計画力と問題解決力を含めた5つのスキルを明示することによって、ヒューマンスキルが手の届くものになると思うのです。
三番目の理由ですが、私たちの計画力や問題解決力を弱めているものは、実は、私たちの心の中に潜んでいる、ということが挙げられます。「問題は解決したいが、できれば自分からは動きたくない。」「自分がやらなくても、きっと誰かが解決してくれるはず。」「計画どおりにものごとが運ぶわけがない。」等々、頭では分かっていても、体が動かないことも良くあることです。そのために、問題解決の機会を逃してしまい、せっかくの努力が成果につながらないことにもなりかねません。ですから、ヒューマンスキルと計画力、問題解決力とは、切っても切れないものなのです。
人は環境の動物と言われています。与えられた環境において、さまざまな経験を通して学習し、成長していくものです。「一期一会」という言葉がありますが、日々の出会いや体験はたった一度だけのものです。そうした身の回りの出来事に全力で取り組み、その経験を振り返ることが、生きた学習であり、学びなのです。こうした学びを日々積み重ねることで、今日の経験や失敗を明日の成功につなげ、自分には無理に思える能力やスキルを身に付けることができるのです。身の回りの出来事に、ただ身を委ねているだけでは学びは起こりません。そのことが、同じ経験をしても、伸びる人と伸びない人の差を生むのです。また、どんなに良い事でも、人から言われてやることには身が入りませんし、身にはつき難いものです。自発的にものごとに取り組むことも、ヒューマンスキルを伸ばす上で大切なことなのです。
5つのスキルは、お互いに関係しています。思考力が、5つのスキルを強めることはもちろんですが、5つのスキルは、お互いに補い合うものです。ヒューマンスキルを開発する際には、5つのスキルのうち、皆さんにとって、最も必要なものから取り組まれたら良いでしょう。必要性(ニーズ)こそが成長をもたらすのです。あきらめず、頑張りすぎず、自分にあったペースで一歩一歩積み重ねていけば、いつか大きな収穫が得られるのです。誰から言われたのでもない、自分のための学びのプロセスを創り出すことが、皆さんのヒューマンスキルを育てていくことにつながるのです。無理をせずに、少しずつ皆さんにあったペースでトライしてみましょう。
ヒューマンスキル研究所のセミナーも、そうしたきっかけづくりの場として活用していただけたらと思っています。無料のセミナーもありますので、一度参加されてみては如何でしょうか。
信州国際音楽村のすいせん
信州国際音楽村
信州上田では、今、桜が満開です。急に冬の寒さが戻ったりもしましたが、信州国際音楽村では、満開のスイセンと桜のコラボレーションを楽しむことができました。
前回のコラムでは、知恵を生み出すためには、人の要素や人間的側面が重要な役割を担っていることをお話ししました。これらは、ヒューマンスキルとして、ロバート・カッツのスキルモデルにも位置づけられているものですが、そのイメージはもうひとつはっきりしていないようです。ヒューマンスキルが大切なことは分かっていても、それは持って生まれたものなのか、努力によって伸ばすことができるのか、伸ばせるとしたら、どうしたら伸ばすことができるのか、分かっているようで分かっていないのが本当のところではないでしょうか。そこで、今回のコラムでは、前回に続いてヒューマンスキルについてお話ししてみたいと思います。
私は、ヒューマンスキルは伸ばすことができるもので、誰でもそのタネを持っていると思っています。そのタネを上手に育てて、大きな実を実らせている人もたくさんいるのですが、その一方で、せっかく持っているタネをうまく育てられない人や、タネを持っていることに気づいていない人がいることもまた事実なのです。
では、どうしたらヒューマンスキルを伸ばし、知恵を生み出すことができるようになるのでしょうか。知恵を出すためには、考える力、思考プロセスを鍛えることが大切であると、以前お話ししました。私は、ヒューマンスキルの中心に思考力、考える力があると思っています。考えることは、その人の人間的な側面と深く関わっているものですし、ものごとを深く考えるためには、感情などの様々な影響をコントロールする必要があります。そうしたことから、思考力や考える力をヒューマンスキルの大切な要素として位置付けています。そして、思考力のまわりに5つのスキルを定義しています。これらのスキルもまた、人間的な要素と深く関わっており、いずれもビジネスパーソンにとって欠くことのできないものです。いくら考える力や思考プロセスを鍛えることが大切だと分かっていても、何を考えたらよいのか、どこで知恵を出したらよいのかが分からなければ、前に進むことはできません。これらの5つのスキルを開発することによって、知恵を出すためには何を考えたら良いのか、知恵の出しどころが分かり、考える力が触発されるのです。
私が挙げる5つのスキルを以下に示します。
成長力・・・成功や失敗した経験からものごとを学ぶとともに、自分に足りていないものを知り、必要な知識やスキルを身に付ける力。自己成長のためのエンジン。
コミュニケーション力・・・相手の考えや思いを傾聴し、理解する力。自分の考えや思いを相手に分かり易く伝え、表現し、相手の理解を促す力。
計画力・・・ものごとを計画的に進める力。目指すべき目標を定め、関係するメンバーと共に、その実現を目指す力。想定外の事象が発生した場合にも、柔軟に対応する。
問題解決力・・・問題自体を正しく把握し、その原因を見極めて問題解決を図る力。また、問題の解決に欠かすことのできない、関係者の合意形成を促進する力。
育成力・・・自分が与えている影響力に気づき、コントロールすることによって、他者の成長を促進する力。個人や組織の学習効果を最大化する力。
これらの5つのスキルを高めるためには、最低限の知識が必要になります。いわば、実践のための知識とでも言えるものです。そうした知識は、言われてみれば当たり前ということが多く、決して難しいものではありません。どちらかと言うと、私たちが日頃思っていることに近いものです。大切なのは、そうした、言われてみれば当たり前のことを実際に行うことができるかどうかなのです。また、これらのスキルはお互いに関連を持ち、それぞれがお互いを強め合うものです。ですから、いずれかのスキルを磨いていけば、他のスキルを獲得することも容易になるのです。職業や立場によって必要とされるスキルも違ってきますから、まずは自分が得意なものや必要なものから身に付けていけば良いと思います。
一見すると、コンセプチュアルなスキルと考えられている問題解決力や計画力をヒューマンスキルの範疇に置くことに違和感を持つ方もいらっしゃるかもしれません。ですが、問題解決やものごとを計画的に進めることを難しくしている要因の多くが、実は人間的なものであることを考えると、これらをヒューマンスキルの範疇に置くことも一理あるのではないでしょうか。考えるというと、頭で考えるものと思いがちですが、一方で、心で思うこと、思索することもあるのです。ヒューマンスキルは、そうした心の営みを、頭で考えることにつなげるためのスキルといえるのかもしれません。スキル開発が知識やテクニックに走り、ややもすると、人の心を動かせない「スキル倒れ」に陥ってしまうことを考えると、やはりスキルはヒューマンな世界に根ざす必要があると思うのです。
上田駅前イルミネーション
上田駅前イルミネーション
この3月14日に、北陸新幹線の長野、金沢間が開業しました。関東と北陸が短時間で結ばれ、信州から北陸にも一時間ほどで行くことができるようになりました。これを機会に、多くの皆様が信州や上田の魅力に触れることを期待したいと思います。
前回は、知識を獲得することと、知恵(智恵)を生み出す力を身につけることは別のこと、とお話ししました。一般に、知識を得れば、知恵を生み出す力も自ずと身に付いてくると思われがちですが、そうではないのです。そうした誤解が強いために、私たちの身の回りで発生する様々な問題がなかなか解決されない一因になっているのかもしれません。では、知恵や工夫を生み出す力を身に付け、問題の解決策を見出すためには、どうしたら良いのでしょうか。私は、知恵や工夫の源泉は、皆さんのヒューマンスキルの中に存在すると考えています。
問題解決ついて言えば、世の中には数多くの問題解決手法がありますから、それらを駆使すればたくさんの問題が容易に解決できそうなものです。ところが、現実はそうではありません。それらの手法は特定の分野にしか適用できなかったり、そのままでは現実の問題に当てはめることが難しかったりするものです。また、問題解決に取り組む際に、その前段階のところで躓いてしまうことも多いものです。問題が起きていても、その発生に気づかない。問題に気づいても、あいまいな情報や思い込みのために、解決すべき問題を取り違えてしまう。また、問題の一部だけを見て問題の原因を見誤ってしまい、もぐらたたき的な問題解決に終始することも良くあります。冷静な時ならまだしも、問題が発生すると、誰でも焦ってますます悪循環に陥ってしまうものです。そんなことが重なってくると、つい問題解決から逃げ腰になったり、諦めが先に立つようになってしまいます。この様に、実際の問題解決においては、ものの見方や考え方、問題解決に取り組む姿勢など、人的要素が問題の解決や知恵を出すことに大きな影響を与えているのです。また、問題解決において重要な合意形成のプロセスも、たいへん人間的なものです。これらは、問題解決の例ですが、コミュニケーションやものごとを計画的に進める力などにおいても、同様のことが言えると思います。
私は、正しい問題解決や良好なコミュニケーションを実現するためには、人的要素や心理的な要素、ヒューマンスキルにもっと注目し、理解を深める必要があると思っています。問題解決を取り巻く様々な悪循環を断って、冷静に問題を受け止め、その解決プロセスに従って段階を踏んでいけば、多くの問題や課題は思われているよりも容易に解決することができるのです。
一般的に、ヒューマンスキルはよく「人間力」とも言われていますが、その提唱者であるハーバード大学のロバート・カッツは、マネージャに求められる能力としてヒューマンスキルをはじめ、以下のスキルを定義しています。
・ヒューマンスキル・・・対人関係能力とも言われる。業務を遂行している上で他者との良好な関係を形成する力。具体的にはコミュニケーション力、ネゴシエーション力など。
・テクニカルスキル・・・職務遂行能力とも言われる。職務を遂行する上で必要となる専門知識や業務知識、業務処理能力。
・コンセプチュアルスキル・・・概念化能力とも言われる。抽象的な考えや物事の大枠を理解する力。具体的には、論理的思考力、問題解決力、応用力など。
これらの3つのスキルが互いに連携し合うことで、与えられた業務を円滑にこなすことができると言われており、この3つのスキルともに大切なものです。そうは言っても、テクニカルスキルは日々の仕事を行うために必要になる業務知識やノウハウなど、仕事に直接効いてくるものですから、ついそこに目が向き、他のスキルは軽視されがちです。
コンセプチュアルスキルという言葉は、聞きなれない方もいらっしゃると思いますが、上位のマネージャにとって必要なものです。ビジネススキルとも呼ばれ、ビジネスの複雑化、高度化に伴って、新しいスキルも様々なものが定義されています。問題解決力や計画力などもこのスキルに含まれるものと言われています。このスキルは、ビジネスパーソンとして成長するに従って、よりコンセプチュアルなスキル、高次なスキルとして進化していくものなのです。
ヒューマンスキルは、今日では、全てのビジネスパーソンに必要なものと言われています。また、近年、就職活動において重視されるスキルとして注目を集めています。ヒューマンスキルは、他者との良好な人間関係を築くコミュニケーション能力やロジカルシンキング(論理的思考)などの基本的なスキルをはじめ、困難な課題に立ち向かう積極性や常に自分を高める向上心、変化に対応する力やチームを統率するリーダーシップなどたいへん幅広い意味で用いられています。ところが、その具体的なイメージや育成に関しては、あまり明確になっていません。先ほど述べたように、問題解決においても人的要素が大きな影響を与えていますから、ヒューマンスキルについて理解を深め、開発することができれば、問題解決力を身に付けることにつながるはずです。また、テクニカルスキルとヒューマンスキルを連携させることで、業務や職場を改善するための知恵や工夫を生み出すこともできるのです。ヒューマンスキルは、その人が長年培ってきた業務ノウハウや経験、その人が持つ人格や思いなどに根ざしているものですから、その潜在力は計り知れません。そうした潜在力に気づき、引出すことで、知恵や工夫を生み出すことができると思うのです。
次回も、ひき続きヒューマンスキルについて考えてみたいと思います。
蓮華定院
先月、高野山に行ってきました。その時、蓮華定院に泊まったのですが、蓮華定院は、真田幸村親子が九度山(高野山の麓)に蟄居していた時代、高野山での宿だったところです。真田家の家紋である六文銭が、至る所にありました。
今回は、ヒューマンスキルの基本になる、考えることについて考えてみましょう。考えることについて考えるというと、何か妙な気もしますが、後の方の「考える」を「客観化して思考の対象にする」と置き換えれば、分かり易くなるのではないでしょうか。
私たちは、日頃考えることについてあまり意識することはありません。無意識のうちに考えることを行っているようです。ということは、そもそもあまり考えていない?・・・でも、最近のように商品やサービスの知識化が進み、知的労働が増えてくると、考えることについて、少し真面目に考えてみることが必要なのかもしれません。どうも、いろいろと「考えること」や「アイディア」を出すことが求められていますし、「考える」ことの中身や質が問われてきているようです。
話をヒューマンスキルに戻しましょう。私は、ヒューマンスキルとして、自分の力で考えることとともに、コミュニケーション力や問題発見・解決力、計画力、メンバーやチームを育成する力などをあげています。それらは、お互いに強めあうものなのですが、とりわけ考える力は他のヒューマンスキルの基盤になる大切なものと言えます。例えば、私たちがコミュニケーションを行う時、その効果を上げるために、相手から様々な情報を得ようとします。相手の反応を見て、自分の言ったことが正しく伝わっているかを判断したり、必要かあれば相手が理解しやすい言葉に置き換えたりします。また、大事な内容であれば、念のために相手に正しく伝わったことを確認することもあるでしょう。これらを瞬時に行う訳ですが、そこには、意識する、しないに関わらず、考える力が働いていることは確かなのです。
また、問題を解決する場合には、考える力をフルに働かせることが求められます。問題解決がうまくいかないケースの多くは、考えることが足りていないことによるものです。発生した事象をありのままに観察して、問題自体を正しく認識することや、想像力を働かせて問題の根本的な原因や有効な解決策を見つけ出すことにも考える力が必要です。目に見える現象ばかりに気をとられていると、問題解決はうまくいきません。目に見えない力やメカニズムが問題を引き起こしたり、問題の解決を邪魔したりしているのです。問題を解決するためには、このような目に見えない力やメカニズムを見つけ出し、相手にする必要があるのです。
目に見えないものを相手にするためには、考える力が必要です。私たちは、考える力を身に付けることによって、目に見えないものに手を伸ばすことができるのです。また、米国のある心理学者が、プロとアマチュアの違いをこう言っています。
「アマチュアは目に見えるものを相手にするが、プロは目に見えないものを相手にしている。」
考える力を身につけることは、コミュニケーション力や問題解決力などのヒューマンスキルを伸ばすとともに、プロフェッショナルへの道にもつながっているのです。