新型コロナウィルスを超えて

中国武漢に端を発した新型コロナウィルスによるパンデミック(世界的大流行)は、あっという間に世界中に広がり、その景色を一変させました。アメリカでの死者は10万人を超え、第一次世界大戦での戦死者(11万7千人)に迫る勢いです。世界各地で都市封鎖が行われ、猛威をふるっています。ここに来て、ヨーロッパでも感染のピークを越えた国々も出始めていますが、制限解除による経済活動の再開と感染防止との両面での難しい舵取りが始まっています。

日本でも、全都道府県に拡大されていた緊急事態宣言が全て解除され、感染の第二波を警戒しながら、少しずつ社会活動を再開する新しいフェーズに入りました。一時は医療崩壊の危険が叫ばれ、オーバーシュートの一歩手前までいきましたが、どうにか持ちこたえることができそうです。欧米のような都市封鎖(ロックダウン)を行わずに感染を封じ込められたことは、外出自粛や営業自粛など、国民一人一人の努力、頑張りによることは間違いありません。また、今も医療現場を支えている医療関係者の献身的な頑張りは勿論のこと、介護の現場を始め、生活必需品の生産や物流などの社会インフラを支える皆さんの努力があったことを忘れる訳にはいきません。

こうした一方で、PCR検査体制の不備や医療現場でのマスク、防護服などの不足が顕在化しました。なかなか増えないPCR検査数には、正直ヤキモキしました。既に全自動の検査機が国内で作られているのに、何故か国内では使われていない、という報道には驚かされました。また、国の感染対策のスピード感の無さや、現場を軽視する硬直化した組織の体質など、日本社会の弱点が見えてきたことも事実です。また、IT技術の利用がまだまだ遅れていることも、明らかになってきました。これらの点については、批判のための批判ではなく、どこに問題があるのか検証し、改善すべき点は速やかに改善して、第二波、第三波の到来に備えることが必要です。

100年前に発生したスペイン風邪では、世界人口の4分の1、5億人もの人々が感染したと言われています。ちょうど第一次世界大戦の最中で、参戦国では情報統制が行われていたために、被害をより大きくしたと言われています。100年前には、現在のようにウィルスの特定やPCR検査などもありませんでした。また、日本でも、感染防止対策はほとんど行われず、1918年8月から1921年7月までの三年に亘って、合計三回の感染流行があり、合わせて2,080万人が感染し、39万人近い犠牲者を出しました。(内務省衛生局のデータより)当時の人口が5,500万人ですから、約半数が感染したことになります。

第一次世界大戦の終結に際して行われたパリ講和会議も、そうした感染の中で行われました。敗戦国に多額の賠償額を求めるフランスやイギリスに対して、反対したのはアメリカ大統領のウッドロウ・ウィルソンです。ところが、会議の途中でスペイン風邪に罹ってしまい、結局ドイツに莫大な賠償額が課されてしまいます。その事が、後のナチスの台頭を許し、第二次世界大戦を引き起こしたことは、ご存知のとおりです。

このように、パンデミックはその後の世界に様々な影響を与え、想定できない変化をもたらすことも歴史が教えています。今回のパンデミックでも、WHOの対応や香港の自治をめぐって、米中の対立がさらに激化しており、コロナ以後の新たな火種になりそうです。

新型コロナウィルスではまだ分かっていないことも多く、治療薬やワクチンができるまでは、気を緩めることはできません。その一方で、新しい価値観やスタイルが生み出されようとしていることも確かです。

テレワークも、コロナ以前は掛け声先行のきらいもありましたが、感染リスクを減らす新しいワークスタイルとして定着しそうです。もちろん、全ての労働がテレワークで、という訳にはいきませんが、それぞれの現場にあった、新しいワークスタイルや、コミュニケーションのあり方など、模索が始まっています。都市部への人口集中のリスクも、今回の教訓として挙げられると思います。働く場所を選ばないワーカーの地方への移住や、地方の良さを生かしたワーキングプレイスの提供など、掛け声だけではない地方創生が現実味を帯びてきそうです。

また、教育の現場でも、新しい学びのスタイルへの挑戦が始まっています。本来であれば、この四月から小学校でプログラミング教育がスタートしているはずでした。今回のコロナ感染を契機に、オンライン授業などのITの活用も加速するでしょう。さらに、ITを活用することで、効率を上げながら、一方でよりきめ細かな教育、主体的な学びを重視した新しい取り組みが行われることを期待したいと思います。

元首相補佐官の岡本行夫氏が、新型コロナウィルスで亡くなったというニュースは衝撃的でした。私たちは、それぞれの立場で今まで以上に知恵と勇気を出し、変化への対応力を身につけて、コロナ以後の新しい価値観やスタイルを生み出していくことが求められていると思うのです。

「働き方」の改革(続き)

上田城の夜桜

上田城の夜桜

上田城の夜桜

上田城の夜桜

 

信州上田もすっかり春めいてきました。このところ初夏を思わせる暖かさで、桜の開花も早まりそうです。今年も、「上田城千本桜まつり」が4月7日(土)~4月22日(日)に行われます。上田城の夜桜もまた格別です。

今回も前回に続いて、「働き方改革」について考えてみたいと思います。前回は、「働き方改革」をマクロ的に捉えたお話しでしたが、職場での「働き方」を取り巻く状況は実に様々です。個別のケースを見てみると、また違った景色が見えてくるのかもしれません。

もしもあなたがマネジャーで、部下に残業を頼むとしたら、仕事ができる社員とそうでない社員のどちらに頼むでしょうか?多くの方が、仕事ができる人に頼みたいと思うのではないでしょうか。また、やる気のある人とそうでない人はどうでしょう。そんなこともあって、職場では、残業はやる気のある社員や有能な社員など、特定の社員に偏ってしまいます。このような偏りが行き過ぎると、長時間残業や過労死など不幸な事態を招きかねません。

また、マネジャーが率先して残業している職場もあるでしょう。上司が帰らないので、仕事が終わっても帰れないという若い社員も多いのかもしれません。マネジャーが仕事を抱え込んでしまっているのかもしれませんが、この場合、マネジャーが本来行うべき仕事が出来ているのか疑問です。マネジャーが忙しくしていると、職場に目が行き届かなくなり、様々な課題が手つかずになってしまいます。また、「働き方改革」を単に残業を減らすことと考えているマネジャーも問題です。マネジャーから「早く帰れ」と言われれば、喜んで仕事の手を抜いてしまう社員がいるかもしれません。その結果、誰かの残業を増やすことにもなりかねません。いずれの場合にも、マネジャーがどれだけ本気で残業を減らそうとしているか、その意思と力量が問われているのです。

一律の残業規制は効果もあるのでしょうが、もちろんそれで全ての問題が解決する訳ではありません。仕事量の適正化や非効率な業務の見直しなど、残業を減らす具体的な取り組みが行われなければ、仕事を家に持ち帰ったり、サービス残業のような目に見えない残業を増やすことにもつながりかねません。また、深刻な人手不足の職場では、仕事がまわらずに、会社自体の存続も危ぶまれることになってしまいます。

Business Insider Japanが行ったアンケート調査によれば、職場やあなたの「働き方改革」への取り組みについては、「かけ声はあるが、実態は変わっていない」が34%と最も多く、「取り組みは特にない」が23%で続いています。また、「一切関係ない」との答えも1割近くあり、職場での取り組みはまだまだのようです。

職場にはそれぞれ固有の課題があります。今回のテーマである「働き方改革」を巡っても、職場にある様々な課題が浮き彫りになってくることでしょう。そうした職場の現実や課題をマネジャーが正しく認識して、改善のために知恵を絞ることが必要なのではないでしょうか。そうした課題を解決することはマネジャーの本来の役割なのですが、どうも問題の原因の多くがマネジャー自身に起因しているのが現実のようです。マネジャーが本気になれば、社員の知恵や力も集まってきます。マネジャーの気づきが、職場の「働き方」を改革して、より生産的な働き方、マネジャーと社員のより生産的な関係を生み出すことにつながると思うのです。

「勢いのあるところ、必ず必死のひとりがいる。」相田みつを

 

*「「終わるわけない仕事量」」若手488人が挙げる残業減らない理由トップ5 :「上司は仕事以外の人生がない」との声も   Business Insider Japan 2018/3/16

「働き方」の改革

別所温泉駅イルミネーション

別所温泉駅イルミネーション

別所温泉駅イルミネーション

別所温泉駅イルミネーション

 

信州の厳しい冬もようやく終わりが見え、日差しのぬくもりに春の訪れを感じます。今年の寒さは例年になく厳しかったためか、春の訪れが待ち遠しく思われる今日この頃です。

このところ、「働き方改革」について、様々な議論が行われています。長時間残業や過労死といった不幸なできごとがそのきっかけなのですが、一方で、その背景には日本の労働生産性の低さもあるようです。そこで、今回と次回の2回にわたって、この「働き方改革」について考えてみたいと思います。

OECD(経済協力開発機構)のデータによると、日本の時間当たりの労働生産性はOECD加盟35カ国中20位で、主要先進7カ国では最下位になっています。また、かつては世界一を誇った製造業の労働生産性(就業者一人当たり)も、主要29カ国中14位とずいぶん様変わりしています。

一方、米国の調査会社ギャロップが行った、各国の企業を対象にした従業員の意識調査によると、日本では「熱意あふれる社員」は6%、「やる気のない社員」は70%で、調査した139カ国中132位になっています。ちなみに、米国では、「熱意あふれる社員」は32%、日本の5倍強です。2かつて、勤勉で会社への帰属意識が強いと言われていたのが嘘の様です。こうした働く意識の変化も、先にお話しした労働生産性に影響を与えているのかもしれません。

何が働く人のやる気を削いでしまったのか、その理由は様々なのでしょうが、かつては、日本的経営が世界の手本になった時代もありました。その頃は何事も右肩あがりで、将来への希望や期待が感じられたものです。その後、バブル崩壊や平成の長いデフレを経て今に至るのですが、そんな時代の変化も、社員の意識を変える一因になっているのかもしれません。

また、この間に、労働の姿も様変わりしました。かつて、国内の安価な労働力に支えられた工場の多くは、安価な労働力を求めてアジア諸国へと移っていき、国内には設計や企画部門などが残りました。作れば作るだけ売れた時代は過去の話。売るためは商品に付加価値を付けたり、独創的な商品を開発したりと様々な知恵を出すことが欠かせなくなっています。そのために、労働の主体が労働集約型から、知識労働へと変化しているのです。もちろん、折からの情報化やデジタル革命の進展なども、こうした変化に一層拍車をかけています。

かつて、世界の手本になった日本的経営、それはあくまでも「モノづくり」のマネジメントです。「上意下達の指示」、「長時間の労働(を美徳とする文化)」や「年功序列による昇進」など、「受身的なまじめさ」を持った日本人のメンタリティには合っていたのかもしれません。ところが、あまりにも成功体験が強かったせいか、今でもそうした管理スタイルが少なくありません。そうした「過去の成功モデル」が、知識労働や今の働く人の意識とミスマッチを起こしているように思うのです。

今や、知識労働にふさわしいマネジメントが求められているのです。かつて、米国も長年苦しんできましたが、マネジャーの意識の変化がその再生に役立ったと言われています。マネジャーが部下といっしょに成果を出すこと、部下の成長を支援することで、「熱意あふれる社員」が増え、生産性も上がったのです。マネジャーの意識が変わったことが大きかったのでしょう。ところが、日本においては、未だ知識労働のマネジメントに舵を切れていないのが現状ではないでしょうか。

労働も「量」ではなくて「質」が問われる時代です。生産性向上を単に「時間やコストの削減」と捉えていては問題は解決しません。知識労働では、知恵を生み出すことが求められます。どうしたら知恵を、そして顧客の望む価値を効率良く生み出すことができるのかが問われているのです。そのために、マネジャーやリーダーの役割はどうあるべきか、また、働く人はどの様に仕事と取り組んだら良いのか、これからの時代の新しいワークスタイルを創出することもまた、「働き方改革」の大切なテーマであると思うのです。そのことを職場のマネジャーやリーダー、そして働く人が考える良い機会なのではないでしょうか。

*1 「労働生産性の国際比較 2017年版」 日本生産性本部

*2 「熱意ある社員 6%のみ 日本132位、米ギャラップ調査」 2017/5/26 日本経済新聞 電子版