2020年に始まった新型コロナパンデミックは、昨年も世界を翻弄し続けました。前回、「新型コロナウィルスを超えて」を掲載した時(2020年6月)の米国の死者は10万人強でしたが、現在では90万人を超えています。また、全世界での感染者は4億人を超え、100年前のスペイン風邪の感染者5億人に迫る勢いです。(2021年2月時点 米ジョンズ・ホプキンス大集計)今、私たちは世界史的災禍を目の当たりにしているのです。
日本でも、ワクチン接種が進んだこともあって、一時は落ち着いていましたが、年明け早々から第六波に見舞われ、オミクロン株が猛威を振るっています。オミクロン株は、感染力が格段に上回っており、医療や介護の現場、さらには多くの公共サービスにも影響を及ぼしています。そのため、感染拡大の防止と社会インフラを止めない対策との、手探りの試行錯誤が続いています。
今年でコロナ禍も3年目を迎えます。スペイン風邪のパンデミックが収束するまでには3年かかったと言われていますが、そのころは、ウィルスの実体も分からず、もちろんワクチンや治療薬もありませんでした。今日では、検査やワクチンなどもありますし、しばらくすると経口治療薬もできます。新しい変異ウィルスの出現が希望の光を遮ることもありますが、いずれ人々の努力と英知によって、この難局を乗り越える日が訪れることは間違いありません。
今回のパンデミックが教えている教訓のひとつに、正解が見えない問題に対する取り組み方があると思います。誰にも正解は分からない問題。その道の専門家でさえ、問題の影響が多岐にわたっているために、問題の全体像を捉えることは難しい。また、一時は正解だと思われたことが通用しなくなって、新しい解が必要になることもあります。こうした問題や課題に対して、各国そして各組織が様々な試行錯誤を行っているのが現状なのでしょう。
では、私達はどうしたら良いのでしょうか?ひとつには、私達、そして社会全体が良い試行錯誤のやり方を学ぶことではないかと思っています。正解が分からない時には、まずはそのことを社会全体で受け止めることです。その上で、対応策の知恵を出し合い、建設的な議論を行う。そして、まずやってみるのです。その結果を見てさらに周りの知恵を集めて、新しい手を打つ。これらのサイクルをスピード感を持って行うことです。もちろん、説明をしっかり行うことも大切です。
困ったときには、誰でも正解があると思いたいものです。また、無意識に正解があると思ってしまうこともあります。正解を求めようとすることは決して悪いことではないのですが、こうしたことが、残念ながら批判のための批判や建設的でない言動、「無いものねだり」などを生んでいる様に思われてなりません。一見、試行錯誤は無駄な回り道の様に見えるかもしれませんが、そうした試行錯誤を行うことで、正解に近づくことができると思うのです。正解は後になってからしか分からないのですから。
これからの時代、正解が見えない問題はますます増えていくことでしょう。過去の経験から学ぶことが大切なのは言うまでもありませんが、過去の経験や知識が通用しない問題も増えてくることでしょう。時代の変化に伴って、新しい問題解決のアプローチ、課題への取り組み方が求められていると思うのです。
コロナ禍を通して分かってきた我が国の課題、弱みなどは、コロナ禍が終わっても解決する訳ではありません。例えば、デジタル化の遅れやカーボンニュートラルなど、いずれも待ったなしの課題です。課題の解決に向けて、スピード感を持った試行錯誤を社会全体で推し進めること、そのことが求められているのではないでしょうか。楽な道ではないかもしれませんが、その先に、希望が見えてくると思うのです。